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115.魔王領――72

「――では、そのような形で」

「ああ。今後なにか進展があれば連絡する」

「ガリアル殿に同じく」


 会話が終わり、氷像(クリフ)を下げるとコーネリアは大きく息を吐いた。

 今回の内容は思ったより無難なもので、今回の調査から得られた情報の共有をしたくらいで終わった。


「……ひとまず各自で情報を分析。後ほど持ち寄ったそれを元にして次の動きを定めていく、という形じゃろうか?」

「ええ、そうなります。ですが御身は盟主であり、また我らの中でも随一の戦力の手綱を握っておられます。であれば更に先を見る事が肝要です」

「更に先と言うと……実際にディアフィスを攻める際の手筈か? しかし、その時の敵を見定める為にいま情報を分析しておるのじゃろう?」


 そういって首を傾げるラミス。

 こうして話している二人は絵面だけ見れば子供の勉強会みたいで微笑ましいんだけど。

 ……と、僕も他人事で聞き流しているわけにもいかない。

 コーネリアの答えはこっちでも少しは予想出来ているけど、話されている内容の方に意識を向け直す。


「ラミス様の仰る通りですが、それ以前に対策を考えるべき大きな障害が既に幾つか見えているはずです」

「……ディアフィス側の勇者の事か?」

「はい。彼らの相手は此方から『凍獄の主(クロアゼル)』殿たちにお願いする事となるでしょう」

「そうですね」

「そして、欲を言うなら周辺国の動きにも対応できるよう備えておきたいところです。無論、最も優先すべきなのが勇者である事に変わりはありませんが」

「周辺国? 南の帝国(マゼンディーグ)は分かるが、その他の国もなのか?」

「わたしはそう考えています。……ところで、クロアゼル殿はいかがお考えでしょうか?」


 ラミスの問いに頷くと、コーネリアは話題をこっちに振ってきた。

 これは……試されてるのかな?

 話の流れからすれば、周りの国の動きについてラミスに説明しろってところか。


「こちらも同じ見解です。ここ最近の変化は、周りの国から見れば自分の戦力を損なう事なく目下最大の脅威であった勇者が一気に複数失われた形。心情的に考えても報復のチャンスですし、実際反撃に出るにも絶好の機会と言えます」

「ふむ……」


 タイミングによってはその矛先が国を取り戻した後の僕ら(王朝派)に向く恐れがある。

 それに、今はディアフィスの下にあると言っても戦場で犠牲になる兵たちはラミスの民でもある。むやみに争いに巻き込むのは上手い手とは言えない。

 そこまでは説明せずともラミスも理解したらしい。

 コーネリアも合格といった風に満足気に頷いてくれている。


「じゃが……」

「如何なさいました?」

「周辺国と言っても、セジングル王国は除外して良いと思うのじゃ」


 ラミスの言葉に首を傾げるコーネリア。

 セジングル王国……それぞれルディス(エルフ)ディラク(獣人)の起源にあたる二人の魔王が潜む森の国。

 かつて旧サグリア王朝の宰相ガリアルに連絡をつけに行ったとき出くわしたその片方、「万緑を言祝ぐもの(トリマヘスク)」の姿が脳裏に浮かぶ。

 あの魔王なら無駄な事はしないだろう。

 でも、それがいま攻勢に出ない事とイコールで結びつくかというと判断はつけ難いように思う。


「理由を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「うむ。余はユ――クロアゼル殿と共にかの国を訪れた際、アルディス殿と出会っておる」

「……アルディス殿とは、まさかセジングル王国宰相のアルディス・トリム殿の事でしょうか?」

「その通りじゃ」

「……分かりました。その辺りの事情はまた後ほど伺うと致しましょう」


 ああ、コーネリアはその辺の話を聞いてなかったのか。

 王族とはいえ今は国を失った身のラミスが他国の宰相に会うのも普通の話ではないし、驚くのも無理はない。

 絶句するのもそこそこに態勢を立て直したのは流石だけど、声の端々から抑えきれなかった動揺が滲み出ている。

 僕の事をユウキと呼びそうになったのにも気づいてないかもしれない。

 ……後でまた愚痴られるパターンかな。

 これでアルディスの正体が魔王トリマヘスクだって教えたらどんな反応をするんだろう?


「ラミス様とアルディス殿はどれほど親交を深められたのでしょうか?」

「いや、アルディス殿とは一度食事の席を共にしたきりじゃ」

「失礼ながら……それでは些か、信用するには不足かと。第一、仮にアルディス殿が戦いを望んでいないとしても、それがセジングルの動向を決める全てではありません」

「分かっておる。じゃが、セジングル王国は森の国……それも、ディアフィスとの争いで国土を傷めておる。不用意に勢力を広げるよりは、自国の傷を癒す事を優先するのではないかと思うのじゃ」

「なるほど……」


 思考を切り替えたらしいコーネリアの追及にもラミスははっきりとした言葉で答えていく。

 その言葉はただの心情的なものではなく、ラミスなりの分析に裏付けられたものだった。

 コーネリアも感心したように深く頷く。


「それに、心配なら再び訪ねて直接話をつければよいのじゃ」

「申し訳ありませんが、それは認められません。御身の重要性をご理解ください」

「承知の上じゃ、それでも必要なら動かねばなるまい。危険というならばクロアゼル殿と共に行けばよかろう」

「えっ」


 思いがけない発言に、つい素が出た。

 いや……客観的に考えれば僕もラミスの意見に賛成なんだけど。

 それってまたトリマヘスクに会う事になるわけで……。

 ……老練なヒトってのは苦手だ。

 出来る限り避けて通りたいけど……もし本当に同行する事になったら、断れないなぁ……。

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