113.魔王領――70
「――念のため一つ確認します。ヴィンターが使用した魔法陣は本当に転移などというものだったのですか? 例えば隠蔽や、直後の爆発から身を守るようなものでなく?」
「……ああ、それは間違いない。隠蔽だろうと防御だろうと、手応えを全く感じられない事は有り得ない」
……コーネリアがまたキレちゃうかと心配したけど、今回はなんとか耐えられたようだ。
ラミスの前だからだろうか。
「そうですか。……今の報告から二つ、大きな問題点を見る事が出来ます」
ゴゴゴと音がしそうな気迫と共に、それでも冷静さは保ちつつコーネリアが説明する。
まず第一に、転移魔法が実際のものだとして、新王派……或いはヴィンターが保持する技術力の高さ。
転移魔法という代物がこの世界ではお伽噺にも出てこないほどのオーバーテクノロジー。
そんなものを実現しているなら、今後ヴィンターからはどんな手札が出てきてもおかしくないとの事だった。
次に、僕らが遭遇した剣の勇者。
彼女は他の勇者と比べても頭一つ抜ける実力を持っている。
もし彼女に匹敵する勇者を複数人ヴィンターが抱え込んでいるとすれば、それはディアフィス聖国以上の脅威に成り得るというのがコーネリアの危惧だ。
「えっと……転移って実際、そんなに酷いものなの? いや、魔法自体の実用性は僕でも分かるけど。この大陸には勇者を異世界から召喚する魔法だってあるのに」
「酷いという次元のものではありません。その勇者召喚の魔法でさえ稀代の天才と言われた男が正気と倫理を投げ捨て、そこに万に一つの偶然が重なって生まれた代物です」
そ、そうか……。
まぁ転移魔法がそれだけの扱いを受けるなら、その更に上位にある勇者召喚魔法についての認識も推して知るべしってことになるか。
「あと、少なくともディアフィス側はもはや勇者召喚の手段を保有していないと思われます。最後に糸の勇者が召喚されたのが昨年、それから勇者の召喚は不自然に途切れています。あの王に思惑があるというより……魔法の方に綻びが生じたと見るのが妥当でしょう」
説明しているうちに落ち着いてきたのか、少し休憩とでも言うようにラミスにちょっとした講釈を垂れるコーネリア。
ちなみに内容は今話題に上がっている転移魔法も勇者召喚魔法も魔法陣など大掛かりな用意が必要な事から厳密には魔術として分類される、というもの。
わざわざ区別する必要あるのかな……でも転生前の僕でも知ってたような一般知識だし、王としては念のためその辺の理解に漏れが無いようにしておく必要があるのかもしれない。
そんな事を思いつつコーネリアが挙げた問題点について考えていく。
「――いま、コーネリアさんが言っていた事ですけど」
「はい」
コーネリアの言葉が途切れるのを待って、ゆっくり口を開く。
まず触れるのはヴィンターの保有する魔術について。
僕らが侵入したヴィンターの屋敷には、問題の魔法陣以外にも大量のトラップが仕掛けられていた。
それらは普通の人間としての観点では脅威だったけれど、眷属の皆でも身を守るくらいは十分可能なレベルのもの。
最後に起きた爆発一つと比べても随分と格は劣る。
という事は、相手にとっても転移魔法に匹敵するような魔法技術はそう易々と使えるものでは無い可能性が高い。
「……俺もクロアゼルと同じ考えだ。枢機卿第二位ともなれば立場上本人の動きは制限される事も多い。拠点である自らの屋敷を手放すのは、奴にとっても避けたい道だったはず」
アベルの言葉に一つ頷く。
あれだけ派手に吹き飛べばディアフィス側も放置しておくわけにはいかないだろうし、仮にそうでなくても屋敷跡地はコーネリアたち旧サグリア王朝側の手勢が見張る事になる。
そもそも拠点が吹き飛んだのだから、重要な書類や貴重品の類も実質全滅したと言っていいだろう。
……苦渋の決断だな。
自分が動けない状態じゃ用意できるバックアップにも限りはあるだろうし。
相手の立場になってつい同情しそうになった心を抑えつつ話を続ける。
「――それで、ヴィンターが抱えている勇者についての懸念ですが。これについても、そう多くはない……いや、剣の勇者しかいない可能性も高いと思います」
「その根拠は?」
「魔王『凍獄の主』を討ったのは、剣の勇者だ」
「なっ……しかし、それは五年前の出来事のはずでは」
「はい。ディアフィスが最初に勇者を召喚したとしているのは四年前。つまり……」
信じられないといった表情で、コーネリアが僕の言葉を続ける。
「……勇者召喚の魔法は、本来ヴィンターが保有していた……?」




