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112.魔王領――69

 僕らの間では、食事の用意や畑・家畜の世話なんかは当番制で回している。

 王都(セントサグリア)への偵察は何日掛かるか分からなかったからシフトを変えたけど、結局日帰りで終わったわけで。

 元々の順番だと今日の朝食は僕の担当だ。

 なら臨時シフトを無かった事にして僕が朝食を用意しても構わないだろう。


「――あら、もう帰ってたの」

「ただいま」


 いつもの調子で鍋のスープをかき混ぜていると、コーネリアがキッチンに顔を出した。

 変更後のシフトだと今日の当番は彼女だったか。


 余談になるけどコーネリアが来てからラミスは当番のローテーションから外れている。

 理由は例によって王としての体裁とか心構えを気にしたもの。

 代わりにコーネリアとアーサーがラミスの分も働いてたり、ラミスが望むなら王として要請する事でキッチンに立ったり家事を手伝ったりする感じにして色々調整を効かせている。

 面倒といえば面倒だけどコーネリアの主張も分かるし、彼女なりに心を砕いているのが分かるから割とすぐに皆適応した。


「今朝の当番はわたしじゃなかった?」

「一日で帰ってこれたし、シフト変更は無かった事にしていいかなって」

「別に構わないけれど。どうせだし配膳くらいは手伝うわ」

「ありがと」


 途中からは僕も配膳に加わり、訓練から戻ってきた魔王たちや起きてきた眷属の皆を出迎える。

 普段は適当に座るけど、今回はティスの隣の席をとった。ご飯をかき込みながら声をかける。


「ところでティス、一つ聞きたい事があるんだけど」

「王都で何かあったの?」

「それとは別の話。……夜の訓練って、別に毎晩やらなくてもいいかなって」

「急にどうしたのよ」

「魔王は眠らなくても平気なのは確かだけど、それで皆に無理させてるんじゃないかって思うと心配になっちゃってさ」

「……え?」


 そういうとティスは目を丸くして食事の手を止めた。

 数秒の硬直の後、その視線が疑念の色を帯びる。


「いや、睡眠くらい好きな時間に皆とってるけど。……もしかしてユウキ、これまで昼寝もしてなかったの?」

「べ、別に? なんだ、皆ちゃんと寝てたのか。それならいいんだ、うん」

「はぁ……。一応、私の認識を話しておくけど。魔王にとっての睡眠は嗜好品みたいなもんなの。だから昼間でも空いた時間を適当に使うくらいで十分。で、夜は本来なら寝る時間でしょ? だからこそ眠る必要の薄い魔王総出で訓練に集中する時間を安定して取る事が出来るの」

「な、なるほど」

「っていうかユウキも最初からそのつもりでやってると思ってたんだけどね。そういうわけだから、アンタの心配は杞憂よ」


 一息に説明してティスは食事に戻る。

 まぁ何にせよ杞憂で済んだなら良かった。

 ティスの中で僕の残念度合がまた一つ上がった事については気にしない事にしよう。



 ……そして食事後、会議室。

 いつもの面子の間で僕は王都で調べてきた事、そしてヴィンターの屋敷で起きた事について報告していた。


「剣の勇者……本当に居たのか」

「うん。なんでヴィンターに協力してるかは分からないけど」


 ティスの呟きに頷く。

 実際、剣の勇者とは碌に言葉を交わす事もなく離れてしまった。

 それ以上の情報は無いに等しい。


「魔力を斬る剣……」

「ラミス?」

「いや、心当たりは無いのじゃ。ただ、なんとなく嫌な感じがしただけで」

「ユウキ。仮に私とそいつが一対一で当たったとして、どうなると思う?」

「……分からない。ティスなら昔の僕みたいに手も足も出ないなんて事はないと思うけど、危ない橋を渡る事になるのは間違いない。他の魔王は……逃げに徹した方がいいと思う。とにかく能力が危険だ」


 実際、どれだけ考えても剣の勇者に安定して勝てる道筋は浮かんでこない。

 勇者としてのあの力に対抗するには、魔王というベースがあっても魔力・魔法による上乗せが不可欠。

 しかしあの剣はその魔力自体を斬り裂く。

 そうなると対抗するには一定以上の身体能力が必須になってくる。

 この時点でも候補は絞られてくるというのに、更に相手の剣には生半可な武器では太刀打ちできないという条件までついてくるのだから……。

 アベルみたいな勇者、もしくは自分の身体を武器に出来るバルーやリエナを軸に他の魔王が援護に回れば或いは……。


 そんな事を考えていると、さっきから肝心のコーネリアが一言も発していない事に気付いた。

 身動ぎ一つしていなかった彼女は、不意に武闘家の呼吸法か何かみたいに大きく息を吐き出す。

 何事かと若干引いた僕を、コーネリアの若干ヤケ気味なものの感じられる視線が貫いた。


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