111.魔王領――68
「――マスター……おかえり」
「ただいま、リエナ」
結界に戻って氷竜を着陸させると、リエナが駆け寄ってきた。
さっきまで訓練でもしていたのか、白い顔色こそ変わらないけれど息は少し上がっている。
……王都に行く前に言ってた事、覚えてくれてたのか。
真っ先に迎えてくれたのが嬉しくて、丁度いいところにあった頭を思わずくしゃくしゃと撫でる。
さて……深夜というには早いけれど、日はとっくに沈んでいる。
眷属の中でも寝るのが早いシェリルやドラクロワなんかはもう夢の中でもおかしくない時間だ。
リエナの様子と魔力から察するに魔王組はもう訓練を始めているんだろう。
今から混ざってもいいけど、主に精神面でちょっと疲労が溜まってるからな……。
一日くらい休んでもいいか、とか何とか考えていると不意に腹の虫がぐぅっと音を立てた。
そういえば今日はまだ夕食をとっていなかったか。
「マスター、お腹空いてるなら……ボクが何か……作ろうか?」
「いいの? じゃあ折角だしお願いしようかな。アベルはどうする?」
「……なら、休む前に相伴に預かるとしよう」
リエナの提案にありがたく頷かせてもらう。
最初の頃は中々に壊滅的だった腕前も上達したものだとしみじみしながら簡単な炒め物を頂く。うん、美味しい。
やがて料理を平らげたアベルが席を立ち、食器を片付けてくる。
「……それでは、俺は休ませてもらう」
「おやすみー」
「マスターは……この後、どうする?」
「僕も部屋で休む事にしようかな。今日はちょっと疲れてるし」
「そう……」
「御馳走様。美味しかったよ」
「なら良かった……ありがとう」
そして僕も料理を食べ終え、片づけを済ませる。
「それじゃあ……ボクは、訓練に戻る」
「無理はしないようにね」
「平気。……おやすみ」
そう言って小走りに去っていくリエナを見送り部屋に戻る。
ベッドで横になりながら、図書室から持ってきた適当な本を読んだり読まなかったりしつつゴロゴロして過ごす。
「ん……?」
気づけば東の空が白み始めていた。
直前までの記憶が無いのをぼんやりと疑問に思いながら寝返りを打ち、身体の下から本が出てきたのを見て心臓が止まりそうになる。
慌てて確かめてみたけど運よく外傷は無かった事に一安心。
そっか……僕、寝てたのか。
魔王は寝なくても問題なく生きられる。でも、眠れないわけじゃない。
改めて考えれば当たり前の事ではあるか。
思えばこっちに戻ってきたときは眷属の皆と暮らす基盤づくりに忙しかったし、それ以外の時も勇者に出くわした時に手も足も出ないんじゃないかって強迫観念に駆られて特訓してたからな。
今は強い味方も増えてその心配はほぼ無くなったし、寝ないで訓練してたのも惰性みたいなものだったけど――。
…………あ。
ティスといいリエナといい、他の魔王の皆も毎晩眠らずに訓練してるけど。
まさか僕が訓練してたせいで合わせて睡眠時間捨ててたとか、そういう事情だったりする?
そんな事に思い至って顔から血の気が引いていくのが分かる。
実際一晩ぐっすり寝た効果は覿面で、身体は驚くほど軽い。
それは逆に睡眠をとらない事の弊害も示しているわけで……。
今日のうちにタイミングを見計らってちゃんと話をする事にしよう、うん。
一人頷き、僕は身支度を整えて部屋を出た。




