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110.セントサグリア――12

 ――アベルの語るところを纏めると、彼がターゲットであるところのヴィンターの元へ突っ込んでから起きた事そのものは単純。

 まずアベルがドアを破壊した時、その奥では既にヴィンターは何かの魔法陣を作動させていた。

 アベルの目の前でそいつは姿を消す。僕が最初に見た紫光はその時の余波だ。

 で、直後にアベルが放った鞭の一撃が空振り。

 最後に残された魔法陣が爆発して屋敷の二階部分とアベルを吹き飛ばしたとの事だった。


「姿を消したって事は転移かな?」

「……おそらくそうだろう。というより、それ以外の効果では意味がない」

「最後の爆発もたぶん向こうからしたら織り込み済みなんだと思う。証拠隠滅、追跡の阻止、うまくいけばここまで踏み込んできた敵の排除……得られるメリットが多すぎる」

「……ああ」

「もう一つ聞きたい。最後に邪魔してきたあの子、誰だか分かる?」

「……いや。俺の記憶する限り、初めて見る顔だ」

「そうか……」


 そこで会話は途切れる。

 さて、これからどうするか……。

 コーネリアに頼まれてた内容はもう調べ終わってる。

 最後の最後で盛大にやらかした事になるわけだけど……。


「一応ヴィンターたちの行方か、その手がかりだけでも見つからないかだけ調べて帰る事にしようか」

「……ああ」


 そこで会話は途切れた。

 少しだけ休憩を挟み、王都にヴィンターたちの痕跡だけでも見つけられないかと二人で調べて回る。


 調査そのものは無事に終わったけれど、得られたものは特に無かった。

 強いて言うならいかにも不審な密偵らしいローブ姿の人間を何人か見かけた程度か。

 貴族連中が事態を認識してから動き出すには十分な時間が過ぎている。

 その割には町中に見られる動きが少ないと感じた。

 貴族、それも第三勢力の筆頭の屋敷が爆発したんだ。

 事態はテロか、そうでなくても大事故のようなもの。もっと城下町が慌ただしくなっていてもおかしくはない。

 でも実際は兵士が走り回るような事態にもならず、密偵っぽい連中がこそこそしているだけ。

 ……まぁ、貴族たちは治安より自分たちの安全を優先したと捉えるのが妥当か。

 今日色々調べたときの貴族の反応から考えれば、どうせ自分の屋敷の警備でも固めて引き籠っているんだろう。


 調べている間に考えていた事は色々ある。

 例えば、なんで標的にこうも上手い事逃げられてしまったのか、とか。

 剣の勇者が何故ヴィンターに与しているのか、とか。

 ……次に剣の勇者に会ったとき僕はどうするのか、とか。


 何故かまでは分からないけど、魔法そのものに対して絶対的に有利な剣の勇者はアベルたち他の勇者より頭一つ抜きんでた強さを誇っている。

 そんな戦力が標的の直前で立ち塞がってきたとなれば、偶然で片づけられるものではないのだろう。

 トラップ満載だったあの屋敷だ、直接的な罠は無効に出来ても僕らの侵入そのものはバレていた可能性だって高い。

 そしてヴィンターの方は部屋にこういう時の為の脱出手段を講じていて、実際に今回それを用いたと考えられる。


 ……答えが出る思考は簡単だ。その応えが合ってるか間違ってるかは別として。

 問題は、答えの出ない思考。

 剣の勇者がなんで第三勢力(新王派)に協力しているかは分からない。

 情報が全く無い以上、どれだけ考えてもそれは予想に過ぎない。


 そして、剣の勇者に次に会ったとき僕がどうするべきなのか。

 彼女に以前斬られた時のように、日本の家族の元へ帰れるのか。

 帰れるとしてその時、僕はどんな選択をするのか。

 この世界(サグリフ)に戻って来た当初なら、戻る事に躊躇いは無かっただろう。

 でも、今になって家族という言葉を思い浮かべると……同時に浮かんでくるのはリエナ(ネシェーリエン)たち眷属の姿。

 それでも帰りたい気持ちの方が強い。そう思う。

 今の僕があるのは日本の家族のおかげだし、初めて人間として過ごした日々でもある。だからやっぱり特別だ。

 だけど……。


「――ユウキ」

「ん? あぁごめん、どうかした?」

「……もう城下町はあらかた調べ終わったぞ。まだ何か、探し残したところはあるか?」


 アベルの声に我に返る。

 僕の把握している限りのところは調べ終えた。

 後は最後の騒動に対する貴族たちの反応でも探れれば上々なんだろうけど……具体的にどうするかっていうとちょっと思いつかない。


「うーん……僕はもう特に無いかな。アベルは?」

「……俺も、特に案は無い」

「じゃあ帰ろうか」


 氷惑蒼衣(クリアミスト)を纏って身を隠しながら城壁を越え、生み出した氷竜に乗り込む。

 さっきの調査同様トラブルに見舞われる事もなく、僕らはそのまま無事に結界まで帰り着いた。


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