109.セントサグリア――11
「「ッ、速――!」」
思わず零れた声が、奇しくも目の前の相手のものと重なった。
辛うじて受け流した剣の切っ先が頬を掠めていく。
……まさか。
この感覚を僕は知っている。いや、忘れられるはずもない。
だけど今は……!
「ここは僕が抑える! 先に行って!」
「……済まないっ」
咄嗟に背後のアベルに声をかけ、同時に返す刀で振るわれた相手の剣腹を狙って氷剣の残された刀身を打ち付ける。
どうにか二撃目も防ぐ事は出来たけれど、代償として氷剣は粉々に砕け散った。
まるで普通の氷を岩壁にぶつけたような結果だけど、そんなはずはない。
即席とはいえ魔力で強化された氷だ、そんな単純に砕けるなら相応の手応えだって伝わってくる。
それがないって事はつまり――。
「『凍縛氷霧』!」
「甘いっ」
飛び退りながら放ったのは極低温の霧。
氷惑蒼衣と違って攻撃用のそれが動きを縛るより早く、剣の一閃が魔法を斬り捨てた。
続けてノエルを相手にするときのように足場を凍らせるも、相手が床に剣を突き立てた瞬間に氷は無数の粒子となって消え去る。
身構えた僕から視線を外し、相手が気にしたのは今まさにドアを破ろうとするアベルの方。
「まさかこんな再開になるとはね、剣の勇者!」
「あなたはっ……!」
そう呼びかけると、相手――忘れもしない面影を残した金髪の少女はハッとした様子で振り返る。
返事は必要ない。
こんな剣を振り回す奴が他にいてたまるかって話でもあるけど……それ以上に、その顔を見れば分かる。
いま対峙しているのは紛れもなく剣の勇者その人であると。
セコい時間稼ぎの中、どうにか多少はきちんと魔力の集中した氷剣を生み出す事が出来た。
アベルと少女の間に割り込み一撃。
迎え撃とうとした相手の剣を躱しながら足払いを仕掛けると、少女は跳躍して回避を試みる。
「『凍嵐』!」
「くっ――」
「もう一発!」
剣先から放った吹雪は容易く斬り裂かれるも、直後にもう片方の手から放った二発目は直撃。
攻撃より吹き飛ばしを重視した凍てつく嵐は目論見通り剣の勇者を壁際まで押しやった。
――その瞬間。
階段の上、アベルが向かった先から紫光と共に膨大な魔力が溢れだした。
続いて轟音、そして爆発。
なんだ、何が起きた!?
ひとまず吹き飛ばされてきたアベルを氷壁で受け止める。
剣の勇者は姿を消していた。
この一瞬でそう離れているとは思えないけど、煙と魔力の余波で感知できない。
思わぬところで見つかったってのに……距離を開けたのが裏目に出たか!
歯噛みしたい気持ちを抑え、着地したアベルに尋ねる。
「何があったの?」
「クソッ! 逃げられた……!」
「とりあえず場所を移そう。この魔力じゃ身を隠す魔法もちゃんと機能するか分からない」
「…………ああ。話はそれからだな」
表面上は最低限の落ち着きを取り戻したように見えるアベルの言葉に頷き、跡形もなく吹き飛んだ二階部分から外に出る。
屋敷が他の家から離れた位置にあったおかげもあり、誰かに見つかる心配はせずに氷惑蒼衣を展開する事が出来た。
爆発の衝撃が伝わったか浮足立った雰囲気の貴族街を抜け、いつも上空から侵入したときに着陸場所として使っている一画まで無事に辿り着く。
「さて、情報交換といこうか」
「……ああ」
そうは言ったものの、こっちから話す事はあまりない。
アベルは適当な空き家の壁にもたれかかると、静かに口を開いた。




