108.セントサグリア――10
「――情報集めてる間に騒ぎになるのも拙いし、例の枢機卿のところに行くのは最後でいい?」
「……問題ない」
王都への道中、会話らしい会話といえばこれくらい。
元々寡黙なアベルだし、今に至っては状況が状況だ。
いつにも増して話しかけづらい謎の重圧をに耐えながら、なんとか目的地に到着。
高度を上げて王都を囲む外壁を飛び越え、上空で氷惑蒼衣……今回に備えて名前をつけた魔法で光を屈折させる氷霧を纏い、姿を隠したうえで人気のない区画を狙って飛び降りる。
そこからは順調。
事前情報を参考にしつつ姿を隠しながら貴族たちに催眠をかけて回り、第三勢力について聞き出していく。
幸いと言うべきか、奴隷関連のそういう場面に出くわす事はほとんど無かった。
いや、正確には一回だけあったんだけど。
アベルが止めてくれたおかげで、どうにか事を大きくせずに済ませる事は出来た。
奴隷の方は……貧民街の隅にあった共同墓地に、アベルが手厚く葬ってくれた。
勇者として召喚される前の彼は聖職者か何かだったのかもしれない。
あくまで多くを語らず祈りを捧げる姿を見て、そんな事を思った。
途中で昼食休憩を挟みつつ大体の候補を調べ終わった感想としては、この国にはだいぶ末期症状が出ていると言う他ないだろう。
調べた貴族の内、第三勢力に通じているのはおよそ半分。
僕ら側だったりディアフィス側なのが明らかだったりする面々は除外されてるけど、それでも王都に拠点を置いてる内通者の割合がこれだけあるのは酷いと僕でも思う。
勇者戦力の減少を受けて第三勢力に協力しだしたとか、ほとんど中立のやや第三勢力よりみたいなのもそれなりにいた。
この辺りはうまくやれば王朝側の勢力として引っ張ったり中立に落とし込んで無力化したりできそう、な気がする。具体的な手段はコーネリアたちに任せる事になると思うけれど。
そういえば、第三勢力に対する当事者たちの呼称も分かったんだった。
新王派とかいう捻りも何もない呼び方をしているらしい。
正直どうでもいい……いや、この呼び方が表に出て主流になってきたら合わせた方が話が通じやすいのかな?
まあ、報告内容にも一応含めておこう。
それで、どういう因果か首謀者はこれから向かうヴィンター・スタークその人らしい。
第三勢力……新王派の中の力関係は確定情報の範囲内で整理しても複雑なものだった。
というのも、自分が主導権を握っていると思い込みながら踊らされている奴やサグリア・ディアフィスの両方への敵意を主な理由に所属している奴がしばしば紛れていたからだ。
また、そこには新王派の描くヴィジョンも多分に影響している。
それは貴族たちが共に王となる事……日本の知識で言うなら議会制が近いか。
そんな形態が連中の目指す形らしい。
当事者の描く実態は一部の貴族が搾取・確保した利益を身内でマネーゲーム的に奪い合うっていう、端的に言って醜悪極まりないものだけど。
議会制そのものは王政より先の時代のシステムとはいえ、寧ろだからこそ、ともいえるけどこういう形での出現ってのは凄く残念な気持ちになる。
さて……いよいよ最後。
残すところは枢機卿第二席のみとなった。
アベルによればヴィンターが当主を務めるスターク家は技術家の側面も持ち、その屋敷には実験も兼ねた無数の罠による警備が成されているとの事。
まぁ、それくらいの障害でもなければディアフィスに与するなんて面倒な事をする必要も無かっただろう。
段取りとしては僕が先に催眠にかけて情報を引き出し、それが済んだ後はアベルに任せる形になる。
ヴィンターの立場次第では面倒な事になる可能性もあるけど……。
何度もコーネリアが愚痴ったように、状況は僕らに相当傾いている。
多少のアクシデントがあったところで、どうとでも取り戻せるだろう。
もう王都での用事はあらかた済ませた、罠があっても隠密性を気にする必要はそこまでない。
これまでの侵入より少しだけ念を入れた準備を済ませ、貴族街の中でも他の家より少し離れたところにあるスターク家へ向かう。
「っ――」
後ろでカチッという音が響き、慌ててアベルの足元を凍らせる。
何かが起こる気配は……無い。
胸を撫で下ろしつつ先へ進む。
今のところ侵入は滞りなく進んでいると言っていいだろう。
忍者屋敷か何かと言いたくなるような想像以上のトラップの数々も通っている魔力ごと凍らせてしまえばなんとかなるし、道なら適当な使用人を見繕って催眠にかければ聞き出せる。
そんなこんなで辿り着いたのは大きな広間。
使用人の一人から聞いた話だと、長い階段の先にある一段と厳めしい扉の奥の書斎にヴィンターはいるはずだ。
トラップに気を付けながら一歩足を踏み出した時、開いたのは横手にあった目立たないドア。
適当に催眠をかけて追い払うか――そう思った僕の視界の中で、剣を構えたその姿が巨大化する。
「なっ……!?」
実際には相手が巨大化したのではない。
凄まじい速度で接近してきたせいで遠近感が狂っただけなのだと、反射的に加速した意識の中で認識する。
咄嗟に生み出した氷剣へ相手の刃は容易く食い込み――。
直後、切断された刀身の半分が宙を舞った。




