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107.魔王領――67

「――やぁ、ユウキ」

「ん? ああ、グラハムか。……何してるの?」

「別に?」


 別にって、返事になってないんだけど。

 釈然としない思いを抱えつつ改めて会議室に視線を巡らせると、目当ての人物の姿はすぐ見つかった。

 何をするでもなく椅子に腰かけているアベルの隣には何故かレヴァイアも座っている。

 今日は隣か……何か距離の縮まる事でもあったんだろうか?


 正直、この様子を見ているとアベルには復讐の事なんて忘れて過ごしていてほしいとも思ってしまう。

 ……でも、そういうわけにもいかないか。

 少し揺らいだ気持ちを立て直し、アベルの方に声をかける。


「アベル、少し話いい?」

「構わないが……」

「オレたちは出てた方がいいかな?」

「そう……だね。一応、お願い」

「了解っと」

「…………」


 軽い調子で立ち上がったグラハム、音もなく席を立ったレヴァイア。

 何か感じ取るものがあったのか、二人が去り際にアベルへ向けた気遣うような視線がプレッシャーになって伸し掛かってきた。

 扉の閉まる音を合図に椅子に座り、僕の方から話を切り出す。


「今度王都(セントサグリア)に諜報に行く予定なんだけど、僕一人だと暴走しかねないからさ。ストッパー役としてついてきてほしいんだ」

「…………」


 その言葉を聞いたアベルの気配が僅かに揺らいだ。

 一瞬にも満たない短い間だけど、その僅かな時間だけで彼の脳裏を過ぎった復讐の二文字を確信するには十分だった。


「……お前にお目付け役がいるとは思えないが」

「あー、アベルには話してなかったっけ。細かいところは省くけど、僕って元々奴隷の生まれだからさ。ちょっと、そういうシーンを見るとトラウマが……ね」

「……理解した。だが、そうなったとして俺に止められるのか?」

「た、多分。それにもしアベルで止められないなら、他に誰かいるかって考えると……今回ついていける人選の中からだと、なおさら」

「……そうか」

「出発はいつでもいいけど、どうする? 準備とか考えるなら明々後日くらいがいいかな」

「……俺は、明日にでも構わない」

「こっちは少し準備があるから、明後日の朝にしようか」

「……分かった」


 いつでも良いとはいえ早いに越したことは無い。

 調べてくる内容を纏めた資料も、コーネリアなら明日の朝には用意してそうな気もするけど……その辺で無理するのが普通になっても嫌だし、やっぱり明後日くらいがちょうどいいだろう。


 その後は図書館に向かったらトゥリナと本を読んでいたノエルに会ったから、召喚される前の世界にあった本や昔話の類なんかについて話して過ごした。

 僕の方からは漫画とかそれなりに有名なものの内から無難なのを幾つか。

 トゥリナとノエルは元々あまり縁が無かったらしく本については詳しくなかったけれど、その代わりに地域の伝承なんかの情報が豊富だった。

 僕の知ってるタイプの話との微妙な違いとか、逆に似ている内容から相手の故郷の様子なんかを考えるのは結構楽しかった。


 トゥリナについてはまぁ普通にこの辺(北域)なのは知ってたけど、ノエルはアルプス的な山合いの土地に住んでいたみたいだ。

 地元の話としてオオカミ少年みたいなのが有名だとか、召喚される前のノエルは実際に羊の世話をしてたって話からそんな印象を受けた。

 あぁ、でもどうだろう。

 ノエルは召喚前から体術についても心得があったらしく、それを聞くと拳の勇者のイメージもあってチベットとか少林拳のイメージになる。

 想像して絵になるのはアルプスの方だと思うんだけどなぁ……うーん。


 そしてその翌日。

 朝食を終えた直後、薄々予想していた通りにコーネリアに呼び出された。


「――はい、ひとまずここに書いてる内容は抑えてくれると助かるわ」

「了解」


 あ、今回は普通の口調なんだ。

 返事をしながらそう思うと、コーネリアは視線を微妙に険しくした。


「……そりゃ確かに今回はれっきとした任務だけど。まるでおつかいか何かじゃない?」

「行く前にメモ貰うところとかね」

「それによ? 普通こういうのって、それなら自分の麾下の人間を動かそうとかそういう話になるわけ。なんで仮にも一勢力のトップが気軽に外回り行ってくるって話になって、しかも私がその司令塔みたいになってるのよ!」

「ま、まぁ、それは適材適所って奴だから……」

「それくらい分かってるわ、悪かったわね……ふぅ。後で冷静に今を振り返ったら胃が痛くなりそう。まったく、私なんで天下の『凍獄の主(クロアゼル)』にこんな態度とってるわけ?」

「えっと……胃薬の準備しとく?」

「アンタに貰ってどうすんのよ」


 なんだかコーネリアにも苦労かけてるんだなぁと改めて実感する。

 魔王としての名前に変な形容詞がついてる事にはもう慣れた。

 というか一度きちんと説明されると反論できない。


 それはさておき、コーネリアから渡された紙に書いてあった内容は案外シンプルなものだった。

 まず情報を探りに行く貴族の一覧。

 そして、派閥内のメンバーの顔触れと力関係、直近の大きな計画と最終的な野望について。

 正確性も考えると出来るだけ多くの相手から情報を得たいところだけど、実際それが出来れば成果は上々なんて言葉で収まるものではないとかなんとか。

 実際、覚えるにしろメモをとるにしろ量が多すぎても大変だし纏めるならこれくらいが最適解なのかな?


 それからは普段通りにのんびり過ごして明日に備える。

 そして翌日、早朝。

 氷竜を作り出した僕はアベルが乗ったのを確認すると、王都(セントサグリア)を目指してこっそり飛び立った。


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