105.魔王領――65
「あ、あの……?」
「――第一、さっきの話も前提からしておかしかったのよ。催眠って何!? そんな便利過ぎる反則技なんて普通計算の内に入れないってのよ!」
「あー……うん。なんかごめん」
最近の彼女は凄い優秀な重臣って感じの態度を崩さなかっただけに呆気にとられたものの、落ち着いて見てみるとこうして癇癪を起こしたコーネリアの姿はとても年相応のものに見えた。
……なんて、ずれた思考に他人事っぽく浸ってみたりして。
実際、怪しいところを片っ端から当たって外しても特にリスクは無し、正解ならほぼ確実な情報を得られると考えれば催眠は確かに反則呼ばわりも已む無しな能力だと思う。
ちなみに僕はさっきの会話で思い至るまで普通に忘れてた。
お茶を一気に煽って、それでもまだ足りないのかおかわりをアーサーに入れさせつつコーネリアは更にまくしたてる。
「おまけに戦力よ! そういえばここで見る人の半分くらい魔王なんだったわね!」
「それはちょっと言い過ぎ――」
「誤差の範疇っ」
「あ、はい」
「ホント何これ、考え無しに力押しで行っても全部解決するんじゃないの? どれだけパワーバランス偏ってるかって話よ!」
まぁ、確かに……そもそも一般的には魔王って存在が一騎当千。
で、それに個人で対抗できる勇者もまた異端。
そんな勇者を大量に保有するからこそディアフィス聖国はほぼ全方面との戦争なんて非現実的な事が出来ている。
それで、僕らはそれと同等以上の戦力を持ってるとなれば……。
うん、コーネリアがこんな反応になるのも分かる気がする。
だからって慢心したら手痛いしっぺ返しを食らう事になるのは定番だけど、そこは彼女も分かっているはず。
……現状に感謝しつつ慎重に行こう。
そんな事を適当に考えながらコーネリアの愚痴に相槌を打つ。
「はー……。失礼、落ち着いたわ」
そして何杯目かになるお茶を今度はゆっくりと飲み干し、コーネリアは一息つく。
その様子は幾分落ち着いているけれど、語調から考えるとそっちを取り繕うつもりはもう無いらしい。
「さて、その上で真面目に考えましょうか。ミア様の判断を尊重して、事を短期で収める方向で考えるとして……アンタはなるべく早く動いた方がいいわね」
「うん」
「実際、第三勢力については後出しで動いた方が確実性も高いけど……逆に先走ってそれ以上の成果が上がれば有能さの喧伝になるわ。それに、向こうから尻尾を出すのを待つよりこっちから掴みに行った方が大元に隠れられるリスクも少ない……これくらいあれば言い訳にはなるか」
相槌を打つと、コーネリアは更に高速で何事か呟き始める。
考えを纏めるための独り言なのか、会話としての確認なのか……。
呟きについていくのは早々に諦めた。
もし後者だったなら後でもう一回話してもらおう。
「――それで、問題になるのはユウキ自身よね。聞いてる?」
「ど、どうにか」
「司令塔を兼ねたお目付け役をつけたいとこだけど……私んとこの密偵じゃ無理ね。天下の『凍獄の主』と同行なんて心臓が持たないわ」
「うーん……」
色々と反論したくはあるけど言い返せない。
問題は僕が暴走した時、どれくらいなら止められるかなんだよな……。
流石に味方に危害を加えるような事はないだろうし無いと思いたいけど、きちんと正気を取り戻せるかどうか。
トラウマって厄介だなーと現実逃避気味に考えてみる。
「ところで、他の魔王サマの方々はアンタみたいな催眠は出来ないの?」
「出来ないみたいだね。強いて言うならラルスだけど、僕みたいなって言うと少し違うし」
ラルスの場合は催眠というより、本来の能力である幻覚の応用って形になる。
だから僕だと精神に直接働きかける感じなのに対して、ラルスはその幻覚を利用して色々と詐欺っぽく本人の話術なんかで引き出していく方向か。
「それで、お目付け役よね……そうとなればアンタの眷属から連れていく事になるのかしら」
眷属から……まぁ、それが無難な選択肢なんだろう。
ただ、今回は何というか……前のテオとユリアみたいな状況に遭遇する可能性もあるし、出来れば眷属の皆にそういう場面は見せたくない。
隣でそわそわしてるリエナには悪いけど、同じ理由で彼女も留守番してもらうとして……。
「――あ」
「どうしたの?」
そこで、一人の心当たりに思い至った。




