103.魔王領――63
これまで王都を守ってきたノエルはもういない。
なら、僕も誰憚ることなく催眠で怪しい連中から情報を聞き出す事が出来る。
魔法で姿を隠せば王城クラスの警備でも敷かれていない限り貴族連中が相手でも潜入は容易な事だ。
「……そういえば、貴方にはそんな力もありましたね。ですが……少々考えさせてください」
そう言うと、コーネリアはこめかみに手を当て黙考する。
実際に僕が行くとして、その前にやっておく事は何かあるかなーとか考えながら待っていると、やがて彼女は改めてこちらへ向き直った。
「考えは纏まりましたか?」
「はい。その上での判断となりますが……もちろん情報を先んじて得るに越したことはありませんので、貴方が王都へ向かってくださるのは有り難いです」
ふむ……何か含みのある言い方だな。
尋ねたい気持ちはあるけど、ひとまず耳を傾けて続く言葉を待つ。
「ですが、今回に限ってはもう少し待って頂きたいのです」
「……どういう事じゃ? 言っておる事が矛盾しておるぞ」
コーネリアの発言は、僕にもよく分からない事だった。
それはラミスも同じだったようで、少し眉をひそめて彼女に問いかける。
対するコーネリアは何故か僕とラミスを見比べて、少し困ったような表情を浮かべている。
何かを迷っている……それも言葉の内容ではなく、言おうとしている事についてどんな形で伝えるべきかを考えているような感じだ。
「……もちろん理由はありますし、理解いただけるよう説明もするつもりです」
「大丈夫ですか? 理由があるなら、説明は別の機会でも――」
「――いえ。そういうわけにもいきません」
おや?
気を遣ったつもりだったんだけど、それが逆にコーネリアの判断を固めたらしい。
最後に一度だけラミスの方を見ると、彼女は静かに口を開いた。
「順番に説明していきましょうか。王都に向かい、そして順調に第三勢力の存在を特定できたとして……現段階では、彼らの事は放置して頂きたいのです」
「その理由も聞きたいところではあるが……それだけではユウキが行く事を遅らせる理由にはなっておらんぞ?」
「…………ユリアと、テオ」
ラミスの問いに、どこか憂慮するような表情で二つの名を挙げるコーネリア。
それは、彼女を連れてくる時……それとは別件だけど、情報収集に侵入した貴族の家から助けてきた元奴隷の名前だ。
「ロマクス家から貴方が助け出した奴隷……そうですね?」
「え? ああ、はい。そうですけど」
「ここで一つ確かめておきたいのですが、第三勢力も思想そのものはディアフィスと同じ。すなわち、奴隷制度については肯定的な者の集まりと言う事でもあります」
「…………。なるほど」
「理解いただけたでしょうか」
「コーネリアさんの懸念については。そして、それは正しいと思います」
そこまでコーネリアが言ったところで、ようやく彼女の意図していた事が伝わる。
同時にそれまでの歯に物が挟まったような態度にも合点がいった。
ユリアたちを助けた時……僕は、ちょうど二人を虐待していた貴族の両腕を奪っている。
今になって思えば最初に右腕を砕いた時はもちろん、左腕を砕いた時の精神状態もとても平静とは言い難いものだったと分かる。
そして、今度の情報収集で王都に行って同じような場面に出くわした時……同じ事を繰り返さない保証は無い。
「…………」
「ラミス様?」
「……いや、今はよい。それに……」
じっとこちらを見ていたラミスは、声をかけると小さく首を振る。
何か言いかけた言葉はそれ以上続かず、代わりにコーネリアへ問いを投げかけた。
「まだ疑問は残っておる。現在その第三勢力に手を出せない理由とは、何かあるのか?」
「はい。現在のディアフィスは勇者を何人も失った事で、その力を大きく衰えさせています」
何人もっていうか、ノエルとアーサーの二人だけど。
残り六人だった勇者の三分の一だと思えば確かに大きな損失って事になるか。
っていう事は……。
「ディアフィスの支配基盤は不安定になりつつあります。そしてそれは今なお加速しつつある。それを好機と見れば、第三勢力が動くのも時間の問題でしょう」
「それを待つ、と?」
「ええ。それなら相手を確実に割り出す事が出来ますし、そこに我らが乗じれば大義もより盤石となります」
「……ならぬ」
「ラミス様?」
今度はコーネリアが戸惑うようにラミスの名を呼ぶ。
彼女の策は理に適ったものだ。
しかし、ラミスははっきりと否定の言葉を口にした。




