100.魔王領――60
今日の朝食の当番は僕。
一足先に屋敷に戻り、キッチンで手早く用意を済ませていく。
ついてきたリエナが手伝ってくれるおかげで、思ったより早く終わりそうだな。
先に焼けたパンを机に並べてもらいながら僕はスープの味を調えていると、食堂の方に誰かが現れた気配がした。
「――あら、おはよう。確か今朝の当番はユウキだったわよね?」
「……マスターに、何か用」
聞こえてきた声はコーネリアのもの。
スープの配膳がてら食堂に顔を出す。
「おはよう、呼んだ? ご飯ならすぐに揃うけど」
「私の用事はそっちじゃなくて。はい、これ」
「ん? ……って、あの地図か。こんな早くに悪いね」
「ここに来てからは前に比べれば随分とのんびりさせてもらってるからね。この程度は物の数じゃないわ」
「それは頼もしい事で」
返ってきた地図にさっと目を通す。
だいぶ見やすいけど……やっぱり情報量が多いな。
これを素で暗記しているんだと思うと、改めてコーネリアには頭が下がる思いだ。
「ま、しばらくは話を聞く時もそれ見ながら参考にするといいわ。詳しい説明は……また後でいいわね」
「そうだね。先にご飯を済ませようか」
話しているうちにシェリルたち眷属も起きだしてくる。
そういう事で、僕らは一度会話を切り上げた。
……そして食後。
現在の情勢とかについての話は夕方にするという事で、僕は予習として地図と睨めっこしていた。
書き加えられていた情報は、まず基本的なものとしてディアフィス聖国における有力な貴族の勢力図。
続いて国内で彼らが表明している立場。
まぁ今のディアフィスの性質からして全員が主戦派ではあるんだけど、その中で資源を狙うか領土を狙うか、どの国を攻めたいか、どんなアプローチで進攻するか、みたいな差で幾つかの派閥に分かれているらしい。
そうなればこんな状況でも派閥間で謀略が渦巻いているのは想像に難くない。
更に、第三勢力の疑惑とか国外とのパイプとか……そういう、表には出せない情報の類。
調べれば分かる最初二つの情報と違って鵜呑みにはできないけれど、その分重要な内容だ。
眺めてるだけでだんだん思考に霞がかかったようになってくる。
でも、なんとなく程度には頭に叩き込めたんじゃないかな?
「よし、と……」
また皆の訓練にでも混ざるか、ノエルの様子でも見に行くか……。
ひとまず気分転換をしようと立ち上がった時、しゅるりと伸びてきた触手が僕の腕に巻き付いた。
「リエナ? どうかした?」
「…………」
問いには答えず音もなく近づいてくるリエナ。
彼女はそのまま僕にくっつくと、腕に頭をこすりつけてきた。
どこかくすぐったいような不思議な感覚が……って、そうじゃなくて。
「な、何事?」
「……マスター、最近いつもあの勇者とくっついてたから……」
「ノエルの事?」
「……匂いが移ってる……だから、上書き」
「へっ?」
やっぱりよく分からなかった。
もちろん風呂には毎日入ってるから、そういう方向の話じゃないんだろうけど……あと、微妙に魔力を吸われてる気がする。
特に悪意があるようには感じられないけど、何なんだろう? 今のリエナの身体は元々僕が氷で作ったとかその辺の事が関係しているとか?
後でクリフにでも聞くとするか。
というかこの状況どうしよう……そう思っていると、ドアが勢いよく開いた。
「ユウキ、居るかー……って、何してんだ?」
「……さぁ?」
「それより、新しい屋敷が出来たんだってな! テーブルとか皆で運ぶからさ、ユウキも手伝ってくれよ!」
「分かった、任せて」
こっちの状況を見て首を傾げたのはシェリル。
夕方以降はコーネリアのところで話を聞くとすると、確かに今くらいのタイミングで済ませちゃった方がいいな。
広げていた地図をポケットに片付けた僕はくっついたままのリエナを連れ、走っていくシェリルの後ろ姿を追いかけた。




