10.リエム
途中で野営を挟んで時間を調整し、最寄りの街リエムに辿り着いたのが昼過ぎのこと。
多少怪しまれはしたものの、持ってきた獣肉の換金には問題なく成功した。
「えっと、今買ったのが新聞、雑誌、本、服と……ひとまずはこんなものかな」
「紙を忘れてんぞ。あと鶏と豚と牛と卵も」
「分かってるよ。でもそっちは……買い占めるつもりだからさ。流石にそんな状態で長居するのもどうかなって」
「なるほど、そういうことか」
「じゃあ、遅くなって悪いけどお昼にしようか」
一応情報収集も兼ねてるからな……向かうのは騒がしそうな酒場。
ちなみに荷物は鞄に入れたうえで服の内側にしまってある。
量に伴ってそれなりに重いけど、仮にも魔王の力を以てすれば造作もない。
割と込み合った道をシェリルたちとはぐれないよう注意しながら進む途中――。
「――おかえり。『凍獄の主』」
「ッ……!?」
不意に、耳元へ滑り込んできた異質な声。
咄嗟に反応速度を最大まで引き上げて振り向いた僕の目に映ったのは、抜け落ちる瞬間。
憑き物が落ちる、という例えが近いだろうか。
停止した世界の中、固まった後姿からみるみる内に異様さが薄れていく。
残されたのは他の人と何ら変わりない平凡な男だけ。
うーん……それから少し警戒していても、特に何かが起きる気配もない。
最低限の警戒は保ちつつ、僕は意識を現実に引き戻した。
「何かあったのか?」
「いや……僕にもよく分からない。一応注意だけしといて」
「分かった」
「……うん」
酒場に入ると、外とは段違いの喧噪に包まれた。
こんな中でも空いてる席は……あるな。
シェリルとトゥリナの手を引いて移動し、机にあったメニューを広げる。
ふむ、飲食店だけあって流石の品揃えだ。未成年の僕らがお酒呑むわけにはいかないけど。
「…………」
「じゃあ注文は二人に任せるよ。好きなの頼んで」
「分かった」
真剣な目で食い入るようにメニューを見るシェリル。
それを見ていると、料理係筆頭の彼女を連れてきたのは正解だったように思える。
レミナが言うように道中トラブルも多々引き起こしかけたけど、なんとか対処できたし。
「あー、よく分かんね! トゥリナ、任せた!」
「……仕方ないな、もう」
早とちりだったらしい。
ま、まぁ、ここで料理のバリエーションを増やしておくって意味じゃ間違いはないか。
さて、僕は情報収集だ。店内を埋め尽くす喧噪に意識を向ける。
――ふむ、部隊を率いて侵攻した勇者は町を一つ滅ぼした後撤退?
情報は秘匿されてるけど、各地で魔王が復活してるのが原因と思われる、と……。
「ああ゛? なんだテメェ、もういっぺん言ってみろ!」
「おう、何回でも言ってやるよ!」
「調子乗ってんじゃねぇぞコラ!」
店の端で始まった喧嘩に注目が集まりだす。
噂話が途切れるのは困るけど、仲裁に入るのもな……。
意識だけそちらに向け、隠蔽に気を遣いつつ軽く魔力を集中させる。
「「!?」」
特にヒートアップしていた二人が、急に自分の身体を抱いて震えだした。
訝しむ視線はいくらか残っているが、これで引き続き噂話を聞けるだろう。
二人にせよ血液を軽く冷やしただけだから、酷い悪寒以上の症状は無いはずだ。
「へいお待ち」
「おっ、サンキュ」
そうこうする内に料理が来た。
酒場の空気からは少々意外な洒落たパスタのような一品だ。
「なあ、駄目元で訊くんだが」
「ん?」
「ユウキはこの麺の作り方って分かるか?」
「どうだろ……素人レベルなら、多少の知識はあるけど」
「じゃあ少しで良いから、材料があればそれも買ってくれないか?」
「オッケー」
時々料理担当が実験に走って出来るのとは別の、ちゃんとした新しい味。
どこか日本の料理とも違って……悪くない。
それから運ばれてきた煮物やスープなんかも美味しくて、これは注文したトゥリナの御手柄だな。
外界の料理を満喫して僕らは酒場を後にした。




