1.プロローグ
新シリーズ3話投稿の一話目です。
薄暗い石造りの宮殿。
その一際大きな広間で、二つの人影が相対していた。
一方は蒼い瞳に絶望に呑まれたような暗い光を宿した少年――いや、そう呼ぶにもまだ幼い子供。事実、彼は生を受けてまだ十年程度の身だった。
もう一方は、その子供とさして変わらない年頃に見える少女。
子供の顔に浮かぶのは焦りと恐怖。
彼が翳す手から放たれる氷の弾丸は尽く躱され、視線の先で収束しようとする魔力は少女の振るう剣が放つ白い魔力に塗り潰される。
「くっ、来るな!」
「…………」
悲鳴のような子供の叫びにも少女は無言を貫く。
ただ剣を握る手に力を込め……波濤の如く迫る巨大な氷塊を、一閃で斬り裂いた。
かつて街一つを一撃で滅ぼした全力の魔法を正面から破られた反動に、子供の身体が硬直する。
その正面に金髪を靡かせ少女が肉薄。
子供の視界に無機質な碧の瞳が映り――直後、胸に衝撃が走り身体が揺れる。
震えながら見下ろすと、そこにあったのは自身の心臓を剣が貫く光景。
真っ白になった頭の中に、少女の声が滑り込んだ。
「魔王『凍獄の主』――せめて、良き輪廻を」
細かな魔力の粒子に崩れていく子供の身体。
こうして、奴隷として生まれながら魔王まで登り詰めた子供の短い生は潰えた。
「――ん……」
聞こえてくるのは目覚ましに設定したお気に入りの音楽。
僕は音楽を止めると、ベッドから身を起こした。
リビングに行くと、もう起きてパンを食べている姉の姿。
まだ七時前だというのに、例によって両親はもう出勤後らしい。
……なんとなく、姉の少し横に照準を合わせて手を伸ばしてみる。
当然、魔力が流れる感覚も無ければ魔法だって発動しないわけで。
「なに、高校生にもなって厨二病再発?」
「まさか。ちょっと久しぶりにそれっぽい夢見ただけだよ」
「……なら良いけど。父さん母さんの前でそんな事しないでよ、また心配するだろうから」
「分かってるって」
覚えてる限りだと物心ついた時からの厨二病。
かなり長い期間、一人称は我。
挙句の果てには何かあると使えもしない魔法を連発。
……うん、黒歴史以外の何物でもない。
表向きは比較的普通に接していた両親も影ではストレスや精神病なんかを心配して色々調べていたことは姉に聞かされて知った。
言動だけでなく思考回路まで厨二に染まった子供相手に、両親だけでなく姉にもかなり苦労を掛けていたと今なら分かる。
幸い学校なんかで孤立する事こそ無かったが、それがどれだけ得難い環境だったか。
無事に更生して振り返ると、本当に自分は幸運だったと思う。
「――じゃあ行ってきます」
「はいはい」
支度を済ませていつも通り登校。
クラスでは修学旅行を前に浮ついた雰囲気。休憩時間の馬鹿騒ぎに混ざったり、少し真面目に行動計画を練ったり……。
時間はあっという間に過ぎ、部活を終えた僕は下校する。
見慣れた通学路の景色の中に――その日は、見逃せない光景があった。
二人で楽しそうに話しながら歩く小学生くらいの幼女。
彼女らが進む先は赤信号。最悪なことに、スピードを一切緩めず走ってくる軽トラック。
……本や漫画で、こういう状況を見た時思うことがあった。
突き飛ばして身代わりに吹っ飛ばされるパターンが大概だけど、他にやりようはあるんじゃないか?
もちろん魔法云々の厨二思考は除外。
僕の場合は相手が二人の幼女ってのが幸いした。三人以上だったり抱え辛いサイズだったりしたら打つ手は無かっただろう。
「まったく……!」
「んきゃ!?」
「えっ!?」
鞄を放り出して全力でダッシュ、追い抜き様に二人の服の背中部分を掴む。
上手くいった安堵と幼女二人分の重さに落ちるスピード。
多分そこで、僕のこれまでの一生分の不幸が降りかかったんだと思う。
避けた軽トラックの一つ奥の車線から凄い速度で突っ込んでくる別の自動車。
ごめん幼女!
腕の力で二人を前方に投げる。
その結果を見届けるより早く身体に衝撃。
目まぐるしく回転する景色が、画面の電源を落とすかの如く不意に途切れた。
※2015/9/9 一部修正




