誰が少女Xを殺した
平穏に流れる毎日。
そこに起こった事件。
謎解きに乗り出した俺を嘲笑う同級生の少年。
二人は大切な物の為に戦うことを決めた。
少女Xは自殺した。
俺、鳴神朋樹にとって彼女は、友達の友達、辛うじてクラスメートと言う関係で、この事をそれ程大きな事件と感じていなかった。
しかし学校は休校になり、校長は会見を開き、世間ではとても小さな事件という扱いにはならない。
警察やマスコミにいくらか話を聞かれた。
虐められている噂は聞いた事があるが、俺の幼馴染みや女友達が仲良くしていたし、それ程過酷な虐めではなかったはずだ。
だが少女Xは自殺した。何か裏があるのかも知れない。
彼女の事には興味がなかったがそう言った話には興味が湧いた。
我ながら冷たい人間だとは思う。
とりあえず俺は彼女が自殺した屋上に上ってみた。あ、あんな事件があったんだから鍵が閉まってるか……。
そう思いながらも屋上へのドアのノブを掴む。
回る。
おお、何でか知らないけど開いてる!
屋上に出る。季節は春。屋上はまだまだ寒い。
見回すと先客が一人居た。
「君も来たか」
そこにいたのはクラスメートの佐川春。佐川か。
成績は常にトップでイケメンという、はっきり言って非モテの俺はあんまり好きじゃないタイプの少年だ。
「佐川……何してんの?」
「鳴神君……朋樹って呼んでも?」
「いーけど」
大して話したことも無いのに馴れ馴れしいな、と思わなくはないが、友達は大抵トモキで呼んでるし……その方が楽。
鳴神って名前は仰々しくて自分の名前ながら好きになれない。
「じゃあ俺もシュンって呼ぶわ」
「名前好きじゃないけど、まあフェアじゃないよね」
春と書いてシュンって、もちろん読めないわけじゃないけど、なんで瞬とか駿じゃなく春なのか、とは思う。
まあ名前の話などどうでもいい。
今の興味は彼女の事件だけだ。
「ここ鍵かけてなかったんだな、あんな事件が有ったのに」
「僕がピッキングで開けた」
マジか、と思わず声が出て、それに対し。
「人が来たら困るだろ?」
静かに、とシュンは唇に指を当てる。気障っぽいが、こいつがやると似合ってしまう。童顔で薄い茶髪、光の中では銀色に見える。
俺はなんとなくシュンを逃がさないように扉を塞ぐように背もたれにして座り込んだ。
「わりぃ、で、シュンは何してたんだ?」
「彼女が何故死んだのかと思ってね。」
「やっぱり知り合いだったのか?」
「まあね。トモキだって、違和感を覚えたから来たんだろ?」
「まあな」
正直あっさりクラスメイトが死んだんだから何も感じない方がおかしい。
でもシュンや俺のようにちょっと調べてみようとまで思う人間は少なかったようだ。
「でさ」
急にシュンは語り始める。
「僕の見解」
シュンがそう言って溜めた瞬間に、俺も唾を飲み込んでしまった。なんか怪しく見えるんじゃ無いかとおどおどしてしまうよな。まあシュンは見破ってくれるとは思うが。ただビックリしただけだ。
「彼女は誰かに殺されたんじゃないかって」
はあ?
彼女は靴を揃えて遺書まで残して手摺りには指紋もしっかり残していたのに?
その内容も人生に飽きたので死にますとか書いてあったらしいが、残された側からしてみると酷い内容だ。
そんな彼女が誰かに殺された? ミステリー小説の読み過ぎじゃないのか?
「ああ、言い方が悪かったね。誰かに追い詰められたり、死ね、とか酷い言葉を投げ掛けられて、死ぬ気になったんじゃないかと」
「な、なるほど」
確かに、急に自殺に走ったと言うことは何等かのきっかけが有ったと考えるのが普通か。それが誰かしら他者からの働きかけだったのは間違いないだろう。
少し考えていると次にシュンは恐ろしい発言を繰り出した。
「僕ね、そいつを死刑にしようと思って」
「は?」
何て告白をするんだ、こいつは。
死刑? もちろん法的に、なわけないよな? お前が殺すって事か?
いや、何故俺にそんな事を告白する必要がある?
「君にも犯人を探してもらいたい……興味は有るんだよね?」
「だけど死刑って……」
「君が先に見つけたら殺さない」
やっぱり殺す気かよ!
「お前を通報する事だってできるんだぞ?」
「証拠は残さないよ」
そんな……上手く行くはずがない。
殺人まで起こったら警察だって動くだろう。学校だって休校になるはずだ。
シュンは犯人が一人であるかのように考えているが複数だったらよほど巧妙に手段を練らなければ一人殺しただけでシュンも捕まって終わりだ。
相手も逃げるかも知れない。
しかし佐川春は馬鹿な男ではない。
万難を排した上でやりかねない。
「全部終わったら僕も死刑になるよ」
「し、死にたいのかよ?」
「死にたいけど?」
ふざけんな。
死にたいなら勝手に死ねばいい。
お前みたいな勉強できるイケメンが死ねば勉強も恋愛も競争相手が減ってラッキーだ。
俺はそんな支離滅裂な事を考えているが、佐川は続ける。
「ま、君次第かな、それも。さて、僕は準備があるから」
どうする?
この少年が言うのだからただの妄言じゃ無いだろう。
止めないと、いけない。のに、いつの間にか俺は扉の前から立って佐川に近付いていた。さらりと俺を躱す佐川。
「馬鹿な事は止めろ!」とか叫んでとにかく止めるしかない。叫んだ。
俺が必死に声を掛けるとシュンはゆっくり振り返る。
「クラスメートが一人死んでもしれっと謎解きなんか考える君のような冷酷な人間が、痛む心も持っているのかい?」
「くっ……」
見事に内心を言い当てられて、反論できなかった。
確かに俺は冷たかったと思う。
幼馴染みや女友達は皆泣いていたし、男でもそれを見て泣いてる奴は何人もいた。
それを見ていながら余り大事とも考えず、遊び感覚で謎解きなど考えていた自分は冷酷な人間で間違いない。
だけどそれと、殺人を止めるのは別の話じゃないか?
「待てよ!」
逡巡してるうちに、佐川春は扉を開け、屋上を出た。
とにかくシュンを止めなければ。
犯人を見つけるよりアイツを止める方が速いはずだ。
シュンを見つけ、その肩を掴む。
「無駄だよ」
次の瞬間、俺は天井を見ていた。
こいつは柔道? 合気道もできるのか……。
「僕を止めたかったら犯人を見つけるんだね?」
「く……くそっ」
背中を打った痛みで唸るしかできないでいるとシュンはまたとんでもない事を言い出す。
「ちょっと警告。君が犯人捜し以外で僕を止めようとしたら、君の友達や家族が減ることになるよ?」
「!」
正気かこいつ……!
くれぐれも、と呟いてシュンは階段を降りていった。
教室に帰り、俺はまず幼馴染みの新藤川に話を聞く。
アイツの言いなりになるのは癪だが仕方ない。
新藤川……川と書いてサラサと読む。
全く大人の勝手でこんな名前を付けられて、可哀想な話だ。
「サラサ、お前あの子と仲良かったよな」
「え、……うん」
彼女の話を出すと川は泣きそうな顔になった。しかし、川の命も春に狙われかねない状況だ。心を鬼にして、聞く。
「えっと、聞き辛いんだけど……誰が彼女と最後に話たか分からないかな?」
「……たぶん文芸部の人だと思うけど」
文芸部か……少し入り辛いな……。しかし、行くしかないのか。
「さんきゅ、悪かったな」
「ううん……トモちゃんもやっぱり気にしてくれてるんだね」
川にそう言われると申し訳ない感情が込み上げてくる。こっちの気持ちの入り口は憐憫等の感情ではなくて、ただの好奇心だ。温度差が激しい。
「今日は一緒に帰れないかも」
「え、やだ」
この年になってもまだ甘えてくる甘えん坊なサラサ。高二だぞ、もう。
確かに友達が死んでしまって不安なのは分かるが……。
「じゃあちょっと待ってろよ」
「うん」
兄妹みたいな関係ではあるけど、可愛いもんだ。
シュンの方はどうやって犯人を探すつもりだろう? そうか、アイツは女に話を聞くには困らないよな……。佐川春の席は女子で見えなくなっている。
これは早くしないと、不味いか? 放課後、文芸部に行く。帰宅部の俺には入部希望と言う技が使える。わざわざ校舎の外れにある部室棟まで歩き、その二階に登り、目的の部屋までたどり着くとその部室の鉄の扉をコンコン、と叩く。
可愛い一年生らしい女の子が扉を開けてくれた。ふわふわなショートボブに眼鏡がよく似合う、真面目そうな子だ。
「あの……」
「ああ、悪い。入部希望でさ、今日は見学だけさせて貰えないかなって」
「本当ですか?」
目をキラキラさせちゃって、まあ。たぶん新入部員が欲しかったんだろうな。
「君、名前は?」
「子安陽菜って言います」
「ヒナちゃんか、可愛いね」
初対面で可愛いとか言ってくるなんてナンパ男なんじゃないか、と思われたようで、少しヒナちゃんは後込みする。
顔は真っ赤で更に可愛い。
「ああ、ごめん、ナンパとかじゃないから」
正式に部に入りたいくらいだが。
とにかく彼女に案内され、部室に入る。
部室の中には女子ばかり数人、俺が入ってきたにも拘らず全員一言も喋らずに本を読んでいる。
これは、彼女の事なんて聞ける雰囲気じゃないな。
川も待ってるし、なんとか喋ってもらえないだろうか?
とりあえずヒナちゃんに部長を紹介してもらう。
部長も眼鏡だ。
つか部の過半数が眼鏡だ。
「初めまして、部長の青木です」
「あ、俺は鳴神朋樹って言います」
ぎこちない挨拶を返す。入部希望は歓迎します、と青木部長はすんなり受け入れてくれた。
まず部長に、亡くなった彼女と同じクラスだと言うことを伝える。
「痛ましい事だったわね……」
「何があったか知ってます?」
部長はふむ、と顎に手を当てて考えるポーズを取る。
「分からない……」
「そうですか……」
やっぱりそんな簡単な話じゃないよな、と少し落ち込んだが。けど、と部長は続ける。
「あの日は一日彼女は暗かった。……あと、帰りに茶髪の柄の悪い子が迎えに来てたわね」
貴重な情報だな。部内の問題では無かったか……。その茶髪の女を探さないと駄目なようだ。
じゃあもうここには用がないか……。
「あ、友達を待たせてるんで今日は失礼します」
「ええ、また来てちょうだい」
はい、と答えてその場を離れる。
「あ、鳴神先輩!」
ヒナちゃんが後をついてきた。
なんか子犬みたいだなあ。可愛い。
「私も先輩が亡くなった原因が知りたいんです」
あれ、原因を探ってる事に気付かれたか。流石は文芸部……?
バレたなら、彼女の事を探るための嘘の入部希望だった訳で怒られても仕方がない所だ。
しかしヒナちゃんは俺の嘘を知りつつ、協力したいと言ってきた。
「分かった、一緒に探そう」
二人で川の所に向かう。
川はヒナちゃんの顔を見て少し寂しそうな顔をした。
「誘拐してきたの?」
何故そうなる。
「ナンパしたらついてきたんだよ」
「ええっ!」
ヒナちゃんからは抗議の声が挙がる。
「まあトモちゃんには無理だよね」
はいはい、すみませんね。
川には何でも分かってるんだから、と言わんばかりに胸を張りどや顔でにやけるサラサ。
「彼女が亡くなった原因を二人で探すことになった」
そう告げると「そう……」と、川は本当に寂しそうな顔をした。
彼女の事を思い出したんだろう。
「心配しなくてもお前を愛してるよ」
わざと大袈裟に茶化してみる。はいはい、と手を叩かれる。
「元気づけようとしてくれて、ありがと」
「おう」
サラサと二人でじゃれているとヒナちゃんが聞いてくる。
「お二人はどう言う関係なんですか?」
「恋人」
「ただの幼馴染み」
速攻で否定しなくてもいいのに川ちゃんたら。
「まあいっか、ヒナちゃんと付き合うし」
「確かに付き合いますね」
犯人探しに、と付け加えられる。
あれ、なんか心に木枯らしが。
仕方がないので犯人探しに戻ろう。
「彼女を虐めてた相手は知らないか?」
まずはそこからだろう。
川は目を細め下を見る。
「彼女を虐めてたのは笹川さん……」
笹川……確か悪名高い不良だ。
気の弱そうな女の子を男に売ったりしている、なんて噂がある。
「マジか……流石に笹川は怖いな」
川は少し考えて言った。
「三人で話を聞いてみる?」
女の子二人連れて行くのはかえって危ない気がするが
「私は構いません」
ヒナちゃんは勇敢にもそう言ってくれる
しかしなあ……。
とりあえず少し話を聞いてみると言うことで、不良の溜まり場と化している寂れたゲームセンターに向かった。予め誰かが絡まれたらすぐに通報する、と決めた。幸いにもゲームセンターには俺の知り合いの男がいたのだが。
中学の同級生だった檜山……だよな? 見事に高校デビューしたようだ。
髪は頭頂部だけ見事な金色、他はショートの黒。モヒカンヒャッホースタイルだ。
不良っぽい座り方で座り込んでガムを噛んでいる。
「ひーちゃん、元気かよ」
「おお、カミナリさん!」
カミナリさんとは中学の時の俺の渾名だ。
一度友達にぶち切れて殴りかかった事があって、それ以来カミナリさんと呼ばれるようになった……本名が鳴神だしな。
「笹川って女、知ってる?」
「ああ、さーちゃんか」
知ってる、と言って檜山はすんなり案内してくれた。
「カミナリさん、まさかその女の子二人売っちゃうのか?」
「まさか」
わざとだろうが、悪ぶって言う檜山の言葉に後ろ二人はビクビクしている。
檜山がいると知っていたら二人は置いてきても良かったんだが。
「あれさ、さーちゃんが女の子売ってるって奴」
「ああ、聞いた」
「あれはさーちゃんが流した嘘だから」
何故そんな面倒な噂を流したんだ?
檜山は続けて説明する。
笹川はよく虐めを受けている女の子を助けていたようだ。
そうすると女の子たちは笹川を慕ってついて来たり、不良になったりする。
それを防ぐために恐怖の笹川を演じるようになったらしい。
あれ、なんか目から汗が。
「良い人……なの?」
川もまだ半分疑っているような顔だ。
虐めた当人と思いきや救世主だったとは。
ますます彼女の自殺の原因が分からなくなった。
笹川はずいぶん奥のゲーム機の前に、ゲームをするでもなく座っていた。
思ったより小さい。
「さーちゃん、客、ほら昔、話したろ? カミナリさん」
「おお、忘れた」
檜山はガクッと大袈裟に躓いて見せた。
「何のようだ?」
笹川と呼ばれた少女は後ろの少女二人を怯えさせようとしてか、睨みつける。
正体が分かっていても怖いな。
「亡くなった彼女の話を聞きたくてな」
「あいつの……」
彼女の事を口に出した瞬間。
鼻が滝業を始めたのかと思うほど、笹川はぶわっと涙を溢れさせた。
「力になれなくて……すまなかった……」
おいおいと人目もはばからずに笹川は泣く。
笹川は本当に良い奴だった。
「彼女の自殺の原因を探してるんだが、何か知らないか?」
まだまだ涙が尽きない笹川。
少し申し訳ないが強めに聞いた。
「虐めてたのはあんたらの学校の生徒二人だよ、名前は知らないけど」
◇
翌日。
俺は犯人追及を翌日に延ばした事を後悔した。
クラスメートの花澤が死んだ。
殺された。笹川に聞いた虐めの犯人の一人だろう。
川の友達だった。胸部をナイフのような物で刺されたらしかった。生徒を狙った殺人事件、学校は休みになってしまう。
クラスメートの葬式にまた参加する事になってしまった。
花澤の亡骸は検死のためにしばらくは帰ってこないらしい。
俺は犯人と思しき人物の家に乗り込む事にした。
シュン……!
学校で聞いた住所を元にたどり着いたその家。インターホンを鳴らせば佐川春は呼び出しにあっさり応じた。
奴の口を開いての第一声は「僕じゃない」だった。
お前以外に誰がいるんだ!
「証拠、ある?」
「凶器があるだろ!」
シュンはククッと可笑しそうに笑う。
「無いね。溶けるナイフを使った……今頃川の中か海に出た頃じゃないかな?」
氷で作ったナイフによる刺殺。推理物ではたまに見るが、まさか本当にやるなんて……いや、本当にできるのか……。
「ま、その時間に理科室に居たのがバレない限り捕まらないだろうね」
理科室には薬品を保存する冷蔵庫がある。
そこに凶器、恐らく氷でできたナイフを隠しておいて……と言うことは既に一昨日には準備していたのか……。
「俺もあいつを疑っていたのに……」
「それは残念だったね……僕に連絡してくれてたら止めたのに」
俺の台詞に根拠はない。ハッタリだが少しでも怯ませようと呟いた。だがそれに対して春は全く動じない。確かにこいつは、俺が先に見つけたら殺さない、とは言ったが、あっさり人を殺すような奴が約束を守るのか?
だが、具体的に分かっていなかったとは言え推測だけでもこいつに伝えなかったのは俺のミスだ。
そこで笹川に聞いたもう一人の女の事を思い出した。
「まだ他に……」
「ごめんな、その子も死んでる」
衝撃的な告白だった。
「そっちは分厚い本で殴り殺して、その本は燃やした」
手遅れ……二人も殺されていた……。
「確か木見里って子だっけ」
別のクラスの、と付け加える春の表情は、どこまでも軽薄だ。
「満足かよ……。二人も殺しやがって……」
ヤバイ橋を渡って悲願を遂げたんだから満足だろう、そう皮肉ったのだが。しかしシュンは顔を曇らせた。
「まだだ。その二人は原因の一端ではあった。だから殺した事は悔いてない」
どういう事だろう?
あの二人を殺したならもう終わりではないのか。
「あの二人は当日は彼女に関わってなかった」
「!」
つまり……彼女の背中を押した犯人は別にいるって事か……。
つまりまだ誰かをこいつが殺すと……?
「俺は今から警察に行く」
「ふうん……」
本気で恐ろしくはある。
しかしこいつを止めなければ。
「じゃああの子、サラサちゃんだっけ?」
ぞわっとした。
こいつ……。
「警察が来る前にやっちゃえるよ」
そんな事は……許さない!
「分かった、警察には話さない」
川だけは守る。
そのためには川をどこかに匿ってから通報するしかない。
俺はシュンを置いて駆け出した。
檜山と笹川なら相談に乗ってくれるかも知れない。
まずは自宅に帰り、すぐ隣の川の家に行く。
「あらトモちゃん、サラサなら帰ってきてないわよ?」
「え、どこに?」
「友達の……亡くなった子の家に」
そうか、亡くなった花澤は川の友達だった。
当然いてもたってもいられなくなって友達の家に駆けつけたんだろう。
花澤の家は少し遠かった。
檜山たちの方に先に行く事にした。
走る。
ゲームセンターの前では檜山と数人の不良が座って話し込んでいた。
「ひーちゃん!」
「お、カミナリさん、大変だったなあ」
おそらく花澤の話をしようとしているのだろう。
ひとまず止めて笹川の所へ案内してもらう。
笹川は奥でアイスクリームをペロペロとなめていた。
なんだか可愛い所を見てしまった。
「笹川!」
「ひゃいっ」
変な声で返事をする笹川。
恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。
いつものキツい目線はどこにやった?
それ所ではなかったか。
俺は笹川たちにシュンの事を話した。
二人を殺した事。
警察に行けば川を殺すと脅された事。
もう一人犯人がいるらしく、その人間も殺そうとしている事。
「それがマジならメチャクチャヤバい奴じゃん」
笹川はアイスクリームをなめながら聞いていたが、とうとうコーンにかじりついた。
「そいつを怪我させて入院してる間に通報するとか」
可愛い顔をして、言動は完全に不良のそれだ。
檜山もそれに乗る。
「カミナリさんのためだけじゃねえ、そんなあぶねえ奴ほっとけねえよ」
「しかし、かなり危ないし、ひーちゃんや笹川ちゃんにそんな事させられないよ」
「ちゃん付けるな!」
笹川はアイスを食べ終えて手をなめていた。
笹川ちゃんだろ、どう見ても。
「それでさ、笹川ちゃん」
「ちゃんゆーな、何?」
「彼女と最後に会ったのって誰か分かる?」
笹川は首を傾げて少し考えた後、呟く。
「あたしかな?」
次の日、笹川と檜山を連れてシュンに会いに行く事になった。
つまりシュンに笹川を襲わせ、正当防衛で返り討ちを仕掛ける、と言う計画だ。
かなり危ないのは間違いない。
笹川の伝手で不良仲間、不良かは怪しい不良仲間を集めてもらうらしい。
シュンの家に着く。不良たちには影に隠れてもらった。
笹川が叫ぶ。
「たのもー!」
それは何か違う気がするぞ笹川ちゃん。
だが、シュンはすぐに出てきた。警棒のような物を持っている。
「スタンガンかい」
笹川はそれが何か一目で分かったらしい。なんでこんな見た目も性質も幼女なのに中身は完璧に不良なのか謎だ。
「だって、不良だもの、怖いよ」
シュンは大袈裟に怯えたふりをする。この幼女は明らかに怖くないぞ。不良だが。
俺はシュンに告げる。
「彼女と最後に会っていたのは、この笹川ちゃんだ」
「ちゃんゆーな、その通り!」
シュンはがっかりした顔をした。
「そう、じゃあね」
あれ?
「逃げんのかい?」
笹川が凄む。
もう笹川ちゃんが凄んだところで全然怖くないけどな。
「だって、トモキが先に見つけたんだよね?」
あ、そう言うことか……。変なところで律儀に契約を守るつもりらしい。
「トモキが先に見つけたら殺さない……約束は守るよ」
俺は納得しかかったが、シュンの言葉に笹川が激昂した。
「やっぱりあんたが殺したのか!」
「ちょっとこっちこいや!」
檜山がやっと喋る。こいつが殺した事実に激昂したようだ。……やっぱり俺は冷たい人間なんだな……。二人はこんなにもいきり立っているのに、俺は次の事を考えてしまっていた。
「ボコボコにしてやるよ!」
「それは怖いね、じゃあまたね、トモキ」
シュンはいそいそと逃げ帰った。
「あー、逃げやがった!」
「追わないの笹川ちゃん?」
「ちゃんゆーな、無理矢理入ったら犯罪だろ!」
いや、ボコボコにしたら犯罪だけど。俺もだけどこの子もアンバランスだな。
「すまねえ、リアルに法律犯したら母ちゃん悲しむから」
なんて清く正しく美しい不良だろう。シュンに笹川の爪の垢を煎じて飲ませたい。笹川が嫌がるだろうが。
……これ以上ここで騒いでいても無駄なので、仕方なく三人で帰ることにした。
その夜、木見里の遺体が見つかった。……やっぱり、本当に殺していたのか……。
手詰まり感がとてつもない。
だがそれはシュンにも犯人を見つけられないと言う事でもあった。もう彼女が自殺した当日に会った人間はいない。
考えを整理してみる。
二人は彼女を虐めていた。その事を知った笹川が彼女の相談を聞いていた。彼女を虐めていた二人のうち一人は……
しかし、まさか。
俺は川の家に向かった。今日は川も家にいた。良かった。
「え、どうしたのトモちゃん?」
「ちょっと聞きたい事があってな」
息を切らせて駆け込んだ俺を見て、川は少し首を傾げた。
「入って。お茶入れるね?」
俺を部屋に招き入れる。
川の部屋はピンク色の、いかにも甘えん坊の川らしい可愛い部屋だ。
最後に入ったのは何時だったか、と思い出していると川がポットを持って入ってきた。
「紅茶でいい?」
「いいよ」
少し静かになる。お湯の注がれる音が響く。お茶をテーブルに置いて川が対面に座る。
「聞きたい事ってなあに?」
「いや……」
考えをまとめていたので少し逡巡する。
「あのさ、お前花澤が虐めをしてたの知ってた?」
川の顔は明らかに何も知らなかった顔だ。目を丸くして、若干不快な感情を見せた。
ただ亡くなった友達の事を悲しんでいたのだろう……。
しばらくは大きな目を更に見開いて硬直していた川の瞳は、その目の半分ほどもある涙で溢れた。
「それで……教えてくれなかったんだ……彼女……」
その涙を見て、俺は安心した。
花澤の友達である川が虐めに加わっていた可能性を考えていたからだ。
改めて川に聞いてみる。
「どういう事なんだ?」
「私、あの日彼女に誰に虐められてるか聞いたの。でも教えてくれなかった……」
そうか……ずっと彼女は川と花澤の仲を気にして言い出せなかったんだ……。
「虐めの内容は分かるか?」
「体操着を隠されたり制服を破かれたり……けっこうしつこく物を壊されたり教科書を破かれたりしていたみたい」
現実にそんなことがあったとは……。
同じ教室にいて噂しか知らなかった俺も本当に他人に無関心になっていたんだな……。
「酷いな……」
「彼女は何をされてもずっと黙ってたんだ……多分陰ではもっと酷い目に合ってたんだと思う」
「そうか」
「だから私思わずあの時言っちゃったの」
「? …………なんて?」
☆
真相を掴む為に、俺はある物を手に入れなくてはならなかった。それが手に入る可能性は少なかったが、この事件を解決する最速の手段だと思えたからだ。
彼女の親御さんが俺に協力してくれたのは本当に彼女が愛されていた証拠だろう。この事件の一番の犯人は、悲しいことに、あの子だったのだ……。
この件に関わった全員を屋上で待たせて、俺は駆けつける。
屋上にはヒナちゃん、笹川ちゃん、檜山、そして川とシュンが待っていた。
「真相を話そう」
全員が少し身構えるのが分かった。
俺は彼女の家で手に入れた物……それを取り出す。彼女の気持ちを考えれば、自殺した理由は何を持ってしても隠し通さなければならなかったはずだ。だが、どこかで明るみにするべきとも考えていたのだろう。そうでなければここまで拗れなかったのだ。彼女の捻れた感情が、ここに現れている。
俺は必死でそれを探し、家族さえ見つからないような箪笥の隙間の奥に隠されていたのを見つけた時には、狂喜した。それは、文芸部員の彼女らしい、文系少女らしい、日記、だった。
「この日記、最後の半年分が書かれている。……読むよ」
全員が息を飲む。
「○月×日。私は自殺する事に決めた」
その日付は半年前の物……。
「馬鹿な! もう半年も前から死ぬ気だったのか!」
シュンが叫ぶ。
「そんな……」
ヒナちゃんも苦しそうに呟く。
「あの馬鹿野郎……」
笹川ちゃんも悔しげだ。
日記はなおも続く。
どうやって死のうか。いつ死のうか。誰かに言おうか。
今日虐められていた所、不良さんに助けられた。
笹川さんと言う人らしい。
話を聞かれ、いきなり泣かれる。それから彼女は毎日私を迎えに来る。
虐めは学校にいる時だけになった。
文芸部に新人が入ってきた。ヒナちゃんと言う子。可愛い。彼女のほわほわしたところを見ていると、なんだか癒された気がする。
笹川さんがアイスクリームを美味しそうに食べていた。陽菜ちゃんが頭に掛けた眼鏡を探してた。川ちゃんが何もないところで転んで友達の男の子に助けを求めた。
可愛い人ばかりだ。
川ちゃんと仲良くなった。教室での虐めが少なくなった。川ちゃんとアイツが友達だかららしい。
川ちゃんに度々いじめっ子は誰か、と聞かれる。しかし、彼女の友達の名を上げて彼女を苦しめるのは嫌だった。
「それで、これが自殺前日の日記」
私は半年前にもう死んでしまう事を決めていて、この日記を書き始めた。
だから優しい皆には申し訳ないが、生に未練が生まれる前に死のうと思う。
何日も前に教科書に落書きされていたのを、今日、川ちゃんに見つかり、いじめっ子のことをまた聞かれた。
川ちゃんは珍しく物凄く怒っていた。
そして彼女は言った。
「もう、こんなことする人死んじゃえばいいのに!」
それは明らかにいじめっ子に対して言ったのだ。彼女の私に対する信愛から出た、彼女らしくない残酷な言葉。
分かっている。
彼女は何も悪くない。
でも私の心は。
もう涙で満水になっていた私の心は、その言葉で決壊した。
明日死ぬことに決めて自分を守ってくれた文芸部、可愛いヒナちゃん、帰り道、可愛い笹川さんの顔を見る。
心の中でさよなら、と呟いた。
この日記を見る人がいたら、決して勘違いをしないで欲しい。
私を殺したのは、私です。
――――佐川冬
「こうして佐川冬は死んだ」
「冬と書いて、ついって読むんだな」
俺の種明かしとも言えない証明が終わり、佐川春は口を開く。
「僕の……妹みたいな子だった。……叔父さんの家に行く度に俺にべったりでさ。大切な……一番大切な家族だった……。でも僕は……彼女を守れなかった」
シュンは肩を落とし、涙をこぼす。
「守れなかったんだ……」
シュンは川を見た。
もしや最後にあの約束を反故にする気だったのか。有り得る。俺は川を守るために、その前に立った。
「約束は守るよ……」
シュンはそう呟くと
佐川冬が死んだ同じ場所から、飛び降りた。
それを止めようとした、多くの人の手を、振り切って。
☆
少年は死んだ。
彼が生まれた年の冬に生まれた従妹の後を追いかけて。
死なれたくは無かった。
警戒のためにたくさんの人がいたのに、結局止められなくて。
事件は終わった。
俺は警察に長く話を聞かれる事になる。
苦しかった。
だが、俺は生きようと思う。
少女X、佐川冬が愛した人たちは、今日も俺を守ってくれている。
俺は結局冷たい人間だったのかも知れない。
謎解きに飲み込まれて、大切なことを忘れていたんじゃないか。
愛する人たちはそれでも俺を守ってくれている。
俺は改めて世界を、自分を守ってくれている世界を見回す。
川。
そうだ、川だって苦しんでいる。俺だけじゃない。
彼女のためにも、俺は生きる。
クラスメートたちの死は、もう自分の中で小さな事件では無くなった。一生、背負っていくべき事だ。
少女Xの死は三人の死を招いた。彼女を愛した人の手によって。
だが彼女を愛した人たちは、今も確かに自分を支えてくれている。
この優しい世界を、俺も守っていきたい。