月夜の監獄破り3
夜明けも近い。僥倖がそろそろ町に差し込む時刻である。
タポラに一言断り、一度宿泊先の宿屋に戻ってレザラは準備を整えた。
囚われの娘を助けるという名目ではあったが、要するに牢破りが今回の依頼だ。
警護の数が減る護送途中で襲って攫うのが上策だが、タポラの話では今晩問題の娘が囚われている牢の警護が緩くなるという話だった。
その理由の一つは、王国軍の高級将校がドーヴァに訪問しているため、領主館で宴が催されるからとのこと。
アルサス王亡き後、急速且つ大胆にクラビスに再構成された王国軍は、強行的な治安維持を掲げる集団へと様変わりした。
領主側は領地内で好き勝手に行動するようになった王国軍の所業に腹を立て、中央集権をごり押ししようとする軍部と、地方分権を保守しようとする地方領主の間では大きな軋轢が生じている。
王国軍を扇動するクラビスが国のトップとなった今、王国軍と問題が生じれば、領主は難癖をつけられて家が取り潰される状況に追いやられる可能性が高い。
今回のように王国軍の将校が来訪すれば表向き歓待するが、領主は必ず私軍を配置してそれとなく王国軍を威嚇し、領民に被害がでないように冷静に対応しなければならなかった。
「―――そのため、監獄にいた私軍兵も、今夜町の警護に駆り出されるということだ」
「なるほどね、急いでいる理由はわかった。だけど、中央に反感を抱く地方領主が多いなら、政府主導の魔性狩りを領内で容認する理由がわからない。そもそもこんな恐怖政治に文明国たるオルレイアの国民が納得するとも思えない。俺なんかに頼らず領主を説得してソスという子を解放したらどうなんだ」
「およそどこの領主も魔性狩りを良くは思っていない。だが、必要悪だと考えている」
「どういうことだ」
「アルサス王は賢王だった。無益な戦はせず、民に良識を与えるだけの生活水準を保ち、地方領主達――貴族をまとめるだけの力量もあった。そしてその王が残したものは、皮肉なことに平和という名の惰性に牙を折られ、悪事に対抗できない貧弱な民衆だったんだ。領主達も不満がありながら、打倒クラビスを掲げて領主達をまとめる優秀な人材がいない」
――――文明国の民は不満に敏感だ。情勢の変動による不満は、火の粉ではなく火事場の炎になりかねない。身を守るには犠牲がいるのさ・・・・。
レザラはタポラとのやり取りを思い出しながら、碧筒と呼ばれる筒を腰のベルトに差し込んだ。
碧筒とは、魔葬銃を開発したドルステッド社が、多くの武器や道具をリサイズして運ぶことができるよう、マーヴを応用して開発した筒型の道具だった。数々の武器などがこの中に全て入っており、これがないと仕事にならない。
宿に置いていた全ての碧筒を回収し終わると、二階窓から音もたてず飛び降りた。
猫のような素早さで闇夜に紛れて疾走する。
「何が犠牲だ。何が民衆の不安だ。本当の災厄を前に、犠牲は何の役にも立たないということがわからないのか。バカタレめ」
レザラは険悪な光を赤目に湛えて呟く。
月明かりを頼りに何度か小路を折れたレザラは、白光の鎧に槍二本の紋章を描いた兵士を認めて、するりと死角に身を潜ませた。
ドーヴァ領主の私軍兵だ。
息を殺して気配を探ると、兵が数人、牢獄の正門前にいることがわかった。
「待っていたよ」
驚いたレザラは剣を構えて後方に振り向くと、民家の影からタポラが現れる。
「気配殺して背後に立つな。振り向いた先にアンタじゃ、気色悪いだろ」
「・・・こりゃあ、まあ、ひどいお人だね」
顔を顰めたタポラがすっと、足音立てず隣に立った。
故意に気配を消しているわけでもないのに、人の気配がない相手を「気持ち悪いと言って何が悪いんだ」と、レザラは内心穏やかではなかったが、兵士を見て押し黙る。
「・・・・会ったばかりの胡散臭い中年男と、たった二人で問題の娘を取り戻して無事脱出・・・。どう考えても正気じゃないな」
「それをあっさり承諾したお人が何を言うのやら」
他人事のように苦笑したレザラは横目で監獄を見据えた。
監獄は海に一部せり出して建っており、およそ三方は海に面していた。四塔の黒い屋根が月明かりに浮かび上がり、その塔内には囚人が捕えられているという。
他人のために死ぬつもりは毛頭ないレザラが、この途方もない計画にのったのは、それだけオルレイアという国に危機感を持っていたからに他ならない。
何より、この国にいると、あの惨劇を夢にみる・・・・
一瞬、闇夜に鮮烈な赤が、視界いっぱいに広がる錯覚を受け、レザラは頭を強くふった。
「それじゃあ手筈どおり、船で裏に回りこもう。娘は四塔の一番上の階にいるはずだ」
白目を光らせて笑ったタポラは、ついて来いと身振りで誘い、一艘の小舟が浮かぶ舟着場へレザラを案内した。




