少年になった大魔導師の憂い
――ヴァビロンが悲劇に見舞われてから何年も月日は流れた。
物語は海を越えた先、オルレイアからはじまる・・・・。
港町ドーヴァの街並みは同心円状に広がり、船の停泊する大きな港が存在する。
石灰で塗られた白一色の建造物が並ぶ景観は、『白壁の箱舟』と称される独特のものだった。
ドーヴァ唯一の大路には、道に沿って露店が立ち並び、そこに陳列する品々はオルレイア国の物ばかりではなく、異国の物も多く含まれていた。
グレゴリン大陸の東に位置するこの町は、交易の中継地点であり、活気のある商業地としてそれなりに名の知られた街だ。
「愚かな」
迷路のように入り組んだ路地を抜けた先。
ドーヴァ大路を檻のついた荷車が数台、人混みを気にした様子もなく直進していく。
小さなトーダは交差する小路から静かにそれを観察していた。
檻の中にいるのは腐れかけた手足に鎖をつけた人間である。
檻の中の顔が薄汚れていれば、連れて歩くもう一方は、埃一つない緑の軍服を着込んでいる。
「魔性狩りと称した迫害。畜生以下の愚行を犯したものよ・・・・・」
オルレイア王国の宰相でもあった大魔導師は、抑揚のない声で呟いた。
王の命を拒むことさえ許されていたあの時代ならば、一言命じればこの場で檻の中の人間を開放することもできただろう。
この姿になってから想起することは、感傷の色を帯びている。
「否、愚かなのは我か・・・・」
大樹公の力により若返ったが、それは望んだことではいなかった。
自虐的な後悔に苛まれて足を運んだのはあの厳格な大樹の所であり、若返らせる禁術を仕える大樹の所ではない。
見透かされていたのだろう。
自身の行く末をもう決められなくなっていたことを・・・・。
大樹公は契機を与えてくれたに過ぎない。
人の世で生きる契機。
それは自らの命を絶たないための気遣い。
――しかし我は幼子のように途方にくれている・・・
檻のついた荷車は、我が物顔でトーダの眼前を通り過ぎていった。
薄い積雲が蒼空に浮かんでいる。
世界は眩しく、白壁の町は美しい。
だが、トーダの目には黒く淀んだ白壁の町に見える。
少年の空虚な瞳を見た者が、怪訝そうな顔つきで何人も通りすぎいく。
少年らしからぬ虚ろな眼差しは、権力者の陥穽に陥る哀れな人々を長い間目で追い続けていたが、つっと何かに気付いて顔を上げた。
「・・・この気配は・・・まさか・・・」




