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少年期 -ヴァビロンの赤い罪日3-

 村は不気味なくらい静かだった・・・。


村長の家へ大人達が緊急招集されて話合いが行われているのだろう。


子供たちは家にいるように通達されて、人っ子ひとりいない。


夏の太陽のような黄色の花、紅風鈴草べにふうりんそうが辺り一面を敷き詰めるように咲いている。


複数の黄色い袋のような丸い花をつけ、袋の中からは甘い蜜が採取できる。

この地方特有の花で、村の特産物となっている花だ。

この時分になると、溜息をするように袋が開いて、光る鱗粉を放ちながら甘い蜜の香りを外に放出する。


辺りは甘い匂いと光る鱗粉で充満しており、長閑で柔らかい景色が広がる。


だが、レザラは一点を見つめて眉をひそめた。


秋の収穫時に採取された蜜は近くの市や都で売りに出され、冬支度に欠かせない大きな村の収益となっている。

その紅風鈴草が、幾つものバケツの中に入った状態で、放置されている。


猫やマヤ鳥がつまんでしまうため、本来ならすぐに倉庫に入れられるはずだ。

急いでいたとしても、まさかこれほど無防備な状態で置かれているものだろうか。


「ねぇ・・・・何か聞こえない?」


震えるデヴィの声が、不安を煽る。


「ねぇ!」ともう一度呼びかけてくるデヴィを、指を一本立てて「しっ」と黙らせる。


耳をそば立てると、複数のラピンの蹄の音が確かに近づいてきている。


ラピンは高価な生き物だ。

村にそれほど多くいないはず・・・・と、思考を巡らせたところ、右横をなにか光るものが通りすぎた。


爆発がおきて、驚いたラピンがのけぞる。


空中に投げ飛ばされた二人は花畑へ突っ込んだ。


眩暈がするほどの濃厚な香りに、袖で鼻を抑えながら、急いで立ち上がる。


一瞬だったが、確かにあの光は、拳ほどの光の砲弾を生み出す《砲光華弾(バンボルラ)》というマーヴだった。


着弾後に火花のように爆発し、石のように固い光が広範囲に散布して燃え広がる攻撃用マーヴとして知られている。



 花畑は燃えあがり、道端に呆然と立ち竦むデヴィに「逃げろ!」と叫んだ。


デヴィははっとして、逃げようとしたようだが、何かに花畑へ引きずられて姿を消した。


ヌゥゥと、花を踏みつけて赤黒い物体が立ち上がる。


 赤い表皮に、醜く膨れ上がった筋肉と血管、黄色の三白眼。口からはみ出た触手のような舌には、気味が悪いほど丸い絨毛が生えている。


レザラは慌てて紅風鈴草の中へ体を隠した。


凶暴さと残忍さを体現した怪物が腰に巻いているのは、成人男性が腰に巻く束帯だった。


レザラは目の前の怪物が、魔人化した人間であると悟り、柄を握る手に力を込める。


 魔人は片手でデヴィの足を掴み、舌舐めずりとでも形容できそうな表情で、ぺろりと唇を舐めたようだった。


レザラは深呼吸をして息を整えると、躊躇うことなく、背後から魔人に近づいた。


・・・風は強い。

花が揺れてもあまり目立たないはずだ。

魔人はレザラに気付いていないようで、のんびり目の前の獲物を眺めてキシキシ笑い声をあげている。


近くで見る丸太のような魔人は、異様に発達した腓腹筋をみせつけるように泰然と立っていた。


元が人間だったからといって躊躇する人間は、戦士の国ヴァビロンの人間なら老若男女問わず誰もいない。


レザラは下段に夕霧を構えて集中すると、両足首目掛けて横に一閃する。


「はあぁぁぁっ!!」


肉を断ち切る感触に歯を食いしばりながら、渾身の力を込める。


夕霧がずぶずぶ魔人の足にめり込み足を切断する。


赤い血が花畑に大量に降り注ぐ。


赤黒い筋肉質の足が花畑を背景に、坂道を転がっていった。


傾ぐ魔人の三白眼とレザラの目が合う。


魔人の腕がレザラを掴もうと伸びた。


咄嗟に首を切り落とし、胴体を足で蹴って距離をとると、レザラは夕霧を地面に突き立てて体を支えた。


「あ、危ない後ろ!!」


デヴィの声に反応し、横に転がったレザラの傍を、首だけになった魔人が牙をむき出しにして横切る。


弾むように転がる魔人は、鉄がぶつかるような音をさせて、口を閉じた。


首だけだというのに、喜悦を浮かべた嫌な目が笑う。


・・・コイツ、俺に噛みつこうとした?


レザラは襲いくる魔人の顔を魔葬銃で吹き飛ばすと、赤い血を飛散させながら今度こそ魔人は事切れた。


地面に突き立った夕霧を掴むと、魔人の血を吸って刀身が赤黒く染まる。


レザラは奇妙に鈍く光る夕霧に気付かず、鞘に納めて嘆息した。




・・・・魔人化した人間を見たら、絶対戦おうとするんじゃない。いいね


父親の言葉を思い出して、魔人の屍骸から目を反らす。


魔人が最期に見せた目は残酷なほど何かに焦がれる人間の目だった。


それは獲物を前にしたときの喜びのようには見えず、理解できないほどの怖気に腕を摩る。


ラピンの蹄の音がさらに近づいてくる。

土煙を上げて疾駆する巨大な影が森林から現れた。


光の玉が四方に飛び、《砲光華弾(バンボルラ)》の紅蓮の火の粉が二人に降りかかる。

爆風で体が吹き飛びそうなところを何とか踏みとどまる。


ラピンの巨体に見劣りしない影が、凶悪な雄叫びを上げて突進してくるのが見えた。


「レザラ兄どうするの?」


「逃げるしかないだろ!」


我にかえったレザラは、デヴィを助け起こし、ラピンに跨り全速力で逃げ出す。


「レザラっ!デヴィ!」


前方から村長と、母親がラピンに騎乗して現れる。爆発音と爆炎に気付き、駆けつけてきたらしい。


 齢六〇になる村長は、鍛え抜かれた肉体を持つ村の戦士だ。


マヴィはアンバルである母親の方が強いが、剣術では未だに凄腕と称されるレザラの師だ。


「二人とも無事で何よりじゃ。魔人がもう現れたか・・・・」


剃髪に白い美髯が特徴の村長は、額に大筋の汗を流して前方を見据えた。


村長たちに続き、次々と腕に覚えのある連中が手に武器を持ち、駆けつけてくる。


「村長、立ち向かってはいけないわ。すぐ皆に逃げるように伝えて!」


赤髪を振り乱し、村長に食い下がるターラを見て、レザラの不安はより一層膨れ上がる。


ヴァビロンで、目上の者に逃走を促す発言は後々処罰の対象となりかねない。


魔人の数はおよそ十体。


さっきの魔人のように隠れているものはいないようだ。


村人が総動員で戦って、犠牲なく勝つことは難しいかもしれないが、負けることもないようにみえる。


 それなのに、なぜ、母親は逃げるよう村長に言ったんだ・・・・?


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