―完― 樹海の長と巫女
整然と木々が並び、隙間なく広がる緑の天蓋。茹だる様な暑さと、漣のように揺れる木の葉。
タポラの先導により、ソスとレザラは大樹公のいる森へと足を踏み入れていた。
苔蒸した地に三人の足跡が刻まれる。
レザラが居心地悪そうに何度も頭上を見上げ、ソスは肩で息をしながら必死に二人について歩いている。
「木が見張ってやがる」
人一倍鋭敏なレザラは何かを感じるらしく、何度も警戒して足を止める。
森に入ってから、腰の夕霧も傍目でみても分かるほど、震えるようにカタカタ揺れていた。
濃厚な深緑の匂いに酔いそうになる。
「もうすぐ大樹公の御前だよ。ああーーーーやっと終わるねえ」
タポラは戻ってきた喜びを隠そうともせず、一人嬉し気に「休暇、休暇」とぶつぶつ呟いている。
風もないのに、突然梢が今までにないほど鳴りだした。
「・・・さあ着いた」
タポラはソスに道をあけた。
目の前には、山の如き巨大な大樹が鎮座していた。
堂々たる大樹に、レザラも口を開いた状態で固まる。
「遠いところから、ようこそ参られた。心より歓迎する」
地を揺るがすような厳かな声音に、委縮するソスの背を、レザラが軽く前に押す。
「創生の時代より生きる大樹公にお目にかかれて私も光栄です」
「そう畏まる必要はない。グラルの巫女よ」
人間であれば笑い声をあげているという表現が似合う。大樹公の重たげな枝が、風が唸るほど揺れた。
「貴女を呼んだのは、とあるお願いをするためなのだ」
その言葉に、レザラが少し眉を寄せる。
「貴女も察しているかと思うが、赤双界では碧双界と入れ替わるように産業改革の波が起こっている。目先の利益に流され、摩瘴気爆発の脅威に気付いておらぬ国も多い。我が同胞も死力を尽くしているが、元々能力的には人と変わらず数も少ない。今まで同様、影ながら各国に対処するのは難しかろう。そこで、聖樹法を扱える貴女に助力を願いたく、来て頂いたのだ」
生源郷モルにいた頃なら、きっと大樹公の言葉に耳を塞いでいたことだろう。
―――しかし、今は違う。
ソスはまっすぐ大樹公を見上げた。もとより、大樹公の願いはおおよそ検討はついていた。だからこそ、来たのだ。
「わかりました」
きっぱり了承したソスに、レザラは小声で「良いのか?」と問う。
ソスは迷いなく、まっすぐレザラを見返して頷いた。
「私は巫女という大役から逃げることばかり考えていました。自由もないし、きついし、楽しくもないから。でも、結局、私はどこに行ってもグラルの巫女なのです。ガディナで生きる限り、いくら逃げたところで、私は役目を担っている」
タポラがにやりと笑った気がした。
レザラも瞬きをした後、ソスの頭をくしゃくしゃと撫でる。
少女の決意に、喝采を送るように森中の梢が鳴った。
最後までお読みいただきありがとうございました。
スロースタートで中々本編に入らない、そんな物語ではありましたが、投げ出さずに最後までお読みいただき感謝の気持ちでいっぱいです。
物語は終わりますが、レザラ達の旅はきっとここから始まるのでしょう。
「終わりのはじまり」・・・話を書くときに一番はじめに意識したコンセプトがこれでした。
これからも、彼らは終わりとはじまりを繰り替えしていくのでしょう。
そして、私も終わってまた何か始められたらいいなと思っています。




