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祭りの日は業火の夜8

 ―――同時刻。


ロニエの総督府から塁壁へ続く地下道を、書記官から報告を受けながら、クラビスは慌しく移動していた。


「先ほど第四師団ゴアゾル将軍とディーブス准将率いる第一師団が、南の敵部隊と接触したとの報告を受けています。また、ロニエの被害状況ですが、ランバルドの猛攻により、工業区を中心に街の四割が被害を受け焦土と化しているとのこと。兵士の死者はおよそ一千。住民の被害人数は不明。しかし、ランバルドの大半は撃ち落とすことに成功したとの報告がありました。―――また、敵船がパデリエ大河から現れたとの報告が、伝令から届いております」


クラビスは妖しげに瞳を輝かす。


人を圧する気配を漂わせる男は、外の惨状など気にした様子もなく、愉快そうに含み笑いをする。

その表情に傍らの兵士が恐怖で身を竦ませた。


「漸く来たか」


「はっ、いかがなさいますか」


「当初の計画通りだ。敵船を引き付け、一艘なりとも逃がすな」


「承知いたしました」


書記官は隣に視線をやると、同行していた兵士が一礼して走り去った。


厳重に兵士に守られながら、クラビスは計画の最後の仕上げをするために、自らロングラードホールの地下施設へ急いでいた。



 地下施設への入り口は、ロニエ駐屯地の塁壁内にある。


分厚い鉄の扉が何重も続き、それぞれに何人もの守衛兵が警護についている。


選ばれた者しか入ることが許されず、侵入するには都市要塞を突破する以上に困難を要する。


 最後の扉を潜り、地下へ続く階下を降りたクラビスは、蛇行する地下空洞を抜けてロングラードホールの絶壁沿いに作られた階段を慎重に下った。


右手側は大陸一ともいわれる鬼穴が広がり、五段以降の階段が見えぬほど、摩瘴気で視界が悪い。


腕の良い魔導師でもないクラビスが鬼穴に落ちれば命はない。


足に神経を集中させて最後の一段を降りると、崖に開いた入口に足を踏み入れた。


 狭い洞窟内から高い奇声や、獰猛な唸り声が微かに聞こえてくる。


後ろに控えていた書記官が《光蝶(シュベリオン)》で辺りを照らすと、人一人通れるかという狭い通路が続いていた。


壁に空いた穴のような窓からは、その向こうで重労働を課せられる労働者の姿を見ることができる。


瘴気管を通すための坑道を掘っているのだ。


―――人もこうまで堕ちると蟻と変わらんな。何の意志もなく、集団で働き、死んでいく


やせ細り、死んだ目で働く労働者を見やって、クラビスは内心呟く。


摩瘴気に関わる仕事であるだけに、地下空洞を掘る仕事には危険が伴う。


誰もがやりたがらない仕事をさせるには、強制労働も致しかたなかった。


周辺の町や村にいた溶洸石を採掘する溶洸夫(ようこうふ)達を連れてきたが、数が足りなくなって魔性狩りで集めてきた人間にも従事させている。


足を鎖に繋いで逃亡できないようにし、最近では逃げられないように薬まで使用している。


一度入れば死体になるまで外から出ることは叶わない。


それがロニエの地下施設だ。


 獣のように鎖に縛られる労働者を認めたクラビスは、嫌悪と侮蔑の籠った表情を崩さなかった。


「っ!」


動けなくなった労働者を監視者が鞭打つ音が響き、クラビスの後ろにいた誰かが唾を飲む。


恐怖があれど、悲鳴を上げると命取りになる。


なぜなら、冷酷な宰相に少しでも不適切な態度と判断されれば、獣以下ともいえる奴隷生活へ落とされかねないからだ。


護衛の兵士達は唇に力を入れた。


最奥にある目的の制御室は、鬼穴沿いの階段を下りると数分も掛からない所にあった。


「閣下」


クラビスをいち早く認めて、立ち上がったのはその場の責任者らしき男だった。


白衣を着た壮年の男はクラビスが部屋の中央まで来ると、慇懃に一礼してみせる。


天井が高く、白壁の広い空間が広がる。


そこに白衣を着た数人の人間が集まり、中央に浮かぶロニエ周辺地図を睨んで何やら相談している。


 マーヴによって空中に浮かんだロニエ周辺地図には、山や川だけでなく、市街地の細部に至るまで詳細に記載がされており、その上に瘴気管にあたる赤線がロングラードホールから幾本も伸びていた。


「閣下、巫女はいずこにおられるのですか。連れて来て頂きたいとお願いしていたかと思うのですが」


若い白衣の女が不審を露わにクラビスに問う。


白衣達がざわついたが、クラビスが手を振ってそれを黙らせる。


「巫女は来ない。しかし、計画は実行する」


「なんとっ閣下、話が違います」責任者の男が驚いたように声を上げた。


「故障の際など、対処法については未だ不安要素があります。万が一ということもありましょう」と、白衣の女。


「碧双界の研究者達よ。それほど、巫女がいなければ不安か。この地下施設の装置は完璧だと言ったのは貴様達だったと思ったが違ったのだろうか。それを舌の根も乾かぬ内に、摩瘴気を抑えられるという巫女がいないと困るとは、研究者としての誇りもない奴らよ。そんなことだから貴様達は国に捨てられたのだ」


容赦のないクラビスの言葉に、碧双界から来た科学者達は悔しげに顔を伏せる。


「摩瘴気の被害が大きすぎるために、碧双界は今まで築いてきた技術を捨てた。知識の宝庫ともいえる腕の良い技師や科学者は国に首を切られて路頭に迷い、今まで築き上げてきた地位も失くした。それは摩瘴気や国のせいか。違うであろう。貴様達が摩瘴気に対抗できる完璧な装置を作れなかったからだ。この私が名誉を回復する機会を与えてやると言っているのだ。言い訳など受け付けん」


クラビスの護衛の兵士達が白衣を取り囲み、威嚇するように摩葬銃を構えた。


「テル・カナシュへ大量の摩瘴気を流せ」


「し・・しかし・・・閣下は摩瘴気の恐ろしさを知らぬのです」


「これ以上否と言うことを許さん。聞こえなかったのか」


「・・・閣下の御心のままに」


科学者達は熱に浮かされたように声を揃えてそう叫ぶと、壁に並んでいたレバーの一つを引いた。


地図上の赤線が光を放つ。


こうして、テル・カナシュの大地へ摩瘴気が流されたのだった。


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