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祭りの日は業火の夜7

 駐屯地の重武装の兵士が仁王立ちで見張りをしている。


死角になる小路へ一旦身を潜ませて様子を窺うと、偶にどっと空気が弾けたような笑い声が聞こえてくる。


闇色の空に火影が浮かび、夜明けのような明るさが兵舎の向こうの空だけに現れていた。


「とても戦を控えた軍とは思えないな。宴は事実だったということか・・・・」


呆れたようにレザラが呟くと、タポラとソスが押しのけるようにして身を乗り出す。


「楽しそうですね」と、目を輝かせてソスが同意を求めるので、レザラが鼻に皺を寄せて首を横に振った。


「もう少し近づこう」


レザラとタポラが労働者の帰宅途中に紛れ込んで鉄柵沿いの街路を歩きながら、それとなく駐屯地に目を向ける。

後ろからは、姿を消したトーダとソスがそれに続く。


鉄扉の近くには砲台と鋼鉄で覆われた装甲車、奥に施設が点在している。


軍事訓練施設らしき建物からは発砲音や、剣戟を振う鈍い音が聞こえる。


遠く離れた東側にはロングラードホール沿いに建つ巨大塁壁が聳え、よく見ると窓らしきものが開いており、何かの施設になっているようだった。


「酒樽の数を数えているようだな」


後ろにいたトーダが、こちらに聞こえる程度の声量で皆の注意を引く。


駐屯地内を鉄柵越しに盗み見ると、倉庫らしき建物の中に、碧筒から出した酒樽を倉庫に運びいれているようだった。


壁一面に並んだ酒樽の数を数えて、手持ちの紙束に書き記している。


兵士何人分の酒量か判断つかないが、巨大な樽を転がす兵士達は、たいそう苦戦しながら次々棚に並べていく。


「ほぉっ、宴だというのに、酒をしまっている。普通逆だろうに・・・・」


と、首を捻るのはタポラ。


「確かに、酒が出ない宴なんて興覚めだろうな。女と酒がない宴なんて、奴らにとったら葬式みたいなもんだろう」


こちらの視線に気づいた兵士が倉庫の扉をぴしゃりと閉めてしまった。


 これ以上ここにいては怪しまれると結論付け、一旦宿に戻ろうと言い出したところ、路地裏の影から細見の人物がおずおずと顔を出した。


黄土色の髪に痩せすぎた体。

気弱を絵に描いたような情けない顔の人物が、街灯の下で気安げに手を振っている。


「ああ・・・」と、タポラが言葉を切ると「・・・・私の知り合いだ。たぶんね」とばつが悪そうに言って、タポラが肩を竦めてみせた。


「皆さん、こんばんは。僕は第三師団カレル=ティグル主計兵です。タポラさんに伝えたいことがあって参上しました」


人通りの少ない路地に移動すると、あっけらかんと青年が自己紹介をはじめた。


隙だらけだというのに気配がないので、緑化人だとレザラは気づく。


とはいえ、ガディナの調停役という大そうな肩書を持つ人種にしては、あまりに頼りなく、カレルを除く皆が一斉にタポラを凝視していた。


「挨拶はいいよ、挨拶はね」


悠長に挨拶から始めたカレルに苛立ったのか、それとも密偵が堂々と姿を現したことに怒りを覚えたのか、タポラはいつになく不機嫌に話を振った。


「何があったんだい?火急の要件なんだろうね」


凍るようなタポラの視線に、ひぃぃぃとカレルは悲鳴を上げる。


「テ、テル・カナシュの軍勢が南の森に現れたっていう情報が入って、宴に出席していたはずの第四師団が、なぜかすでに進軍を開始したらしいです。ちょっと気になって、報告に来ちゃいました」


「ほぉう」


タポラが怒りを治めて、興味深そうに顎を撫でる。


倉庫に納められた酒樽を思い出す。


 出陣が明日以降というのも、宴を開くというのも、どうやら全て敵を欺くための謀略だったようだ。


クラビスの狙いは、おそらく敵の注意をロニエに向けることで、敵兵力をテル・カナシュから引き離し、その間に摩瘴気を流すことだったのだ。


自国の領土を戦地にするリスクを負うが、その分敵兵を引き離すことができ、敵国に摩瘴気を流す時間を稼ぐことができる。



作戦の全容が見えてきた。


オルレイアの広大な領土を手に入れたいテル・カナシュにしてみれば、王国軍の動向に注意深く目を光らせていたに違いない。


そんな中、クラビスが戦に赴くような軍構成でロニエに駐屯すれば、敵は自国に進攻してくるものと勘違いする。


そして、クラビスは到着早々宴を開いて油断しているかのように見せかけ、敵の進攻を急がせた。


まんまと騙されたテル・カナシュの敵部隊は、敵の進軍前に先手を打とうと、パデリア大河を越えて守りの薄い南から攻勢をかけてきた。それを搦め手で宴に参加しているはずの第四師団が迎え撃つ。


ざっと、そんなところだろう。


もしかすると、第四師団にディーブスの第一師団も伏兵として加わっている可能性も考えられなくはない。


「ロニエで食料やら大量の酒を買って、宴をするという偽情報を敵に掴ませる方法は悪くない。だけど、ああ、酒が、ちょいともったいないねぇ」


「冗談言っている場合か。敵が攻めてくるなら、ロニエ市街も危険だ。グラルは気になるが、急いでここを離れた方が良いかもしれない」


「いや――噂をすれば、もうおいでなすったよ。嘗てないほどのランバルドの大軍だ」


急に真顔になったタポラは、掠れた声で上空を指差した。


街の明かりで照らされた空を、馬鹿でかい鳥の影が通りすぎた。


突然ロニエに現れた鳥は、凄まじい羽音を立てながら、通常の二〇倍はする長槍を無造作に街へ投げ落としていく。


金の目と頭頂に二本の角、銀色の羽を生やした生き物ランバルドは、武装した人間を背に乗せて、上空からの攻撃を可能とする鳥獣だ。


テル・カナシュ空軍の象徴でもあり、その機動力、上空からの容赦のない攻撃は諸外国からも怖れられ、百万人単位の街をランバルドの一個小隊が半刻で陥落させたともいわれている。


 長槍の雨がロニエに降り注ぐかと思われたとき、ロニエの街上空が、一瞬青白く光って光が波及した。長槍が光に吸い込まれ、粉々に砕け散る。


「広範囲天井壁《光芒天壁(プラウム)》・・・・」

五〇人以上の魔導師がマーヴを行使することで完成すると言われる、難度、規模ともに最高位のマーヴで、砲弾から街や都を護るために考案された領空の防壁だ。


数多くの凄腕の魔導師がいなければ作ること叶わず、レザラでさえその姿を見るのははじめてだった。


 空を埋め尽くすほど次々と飛来したランバルドの長槍が、波紋の如き模様を描く天井壁に阻まれて消失する。


国境沿いに位置する工業都市が今もこうして無事でいられるのは、《光芒天壁》があってこそだ。


《光芒天壁》はあらゆる物を貫通するというランバルドの攻撃を見事に退けている。


大丈夫そうだと皆が胸を撫で下ろした矢先、足元が揺れるほどの衝撃が走り、頭上の《光芒天壁》が爆ぜるように光を飛散させて波打った。


 三体のランバルドが超ど級の巨大砲弾を運び、ロニエに降下させたのだ。


砲弾は赤い光を放っている。


何か特殊なマーヴで強化されているようで、《光芒天壁》に触れると回転がかかり、撓んだ天井壁に執拗に何度も砲弾を落とす。


五発目にして、その重みに耐えられず、硝子細工のように《光芒天壁》は四散した。


「あっ・・・・・・」

ソスが口を押えて叫び声を飲み込む。



パデリア大河で様子を窺っていたランバルドは、待ちに待った瞬間に、一気に隊列を組む。


雁行するランバルドは、《光芒天壁》が消えたロニエに、今度こそ長槍の雨を降らした。


「やばい!逃げるよ!」


タポラが叫ぶ前に、皆走り出していた。


すでに巨大砲弾が落ちたところからは、悲鳴が上がり、建造物を容易く押し潰し、粉塵が暴風と共に押し寄せる。


「きゃあああああああ」


目の前に建っていた製鉄所にも砲弾が落とされ、大爆発が起こる。


直撃は免れたが、爆風でレザラ達も吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。


周辺の建造物は瓦礫と化し、黒炭となった木材の山と、顔もわからなくなった死体が茨のように絡まりながら重なっている。


製鉄所は爆発を繰り返す怪物と化し、火傷しそうなほどの熱気が襲う。


白煙の中、炎が赤々と燃え、幾つも火柱が上がった。


オルレイア軍も応戦しているのだろう、投擲から大砲の音、銃声がひっきりなしに耳を打つ。


ランバルドが銃殺され、甲高い鳴き声を上げて火の海に落下していくのが視界に過る。


寸前に、タポラと聖樹法が使えるトーダが防護壁を出現させ、爆発の衝撃は避けられた。


 額を浅く切ったタポラは悪態をつきながら、埃で汚れた服を掃って立ち上がる。


トーダは腰が抜けているカレルを助け起こした。


咄嗟にソスを庇ったレザラは、咳き込むソスを見て安堵し、怪我がないかさっと確認すると、無理やり立たせた。


惨状を目にしたソスは声にならない悲鳴を上げて目を回す。


戦地に赴いたことがないのだから仕方がない。しかし、ここで意識を失くしでもすれば死に至る。


レザラはソスを正気付かせるために頬を打った。


「・・・なんてひどい・・・」


呆然としたように呟くソスの声が、駐屯地から響く発砲音でかき消される。


―――祭りで浮かれていた街は、一瞬にして業火の舞う戦地と化していた。


レザラは指が痛むほど爪を噛む。


「貴君達は早くここから逃げなさい。ここはいつ大きな爆発が起こるかわからない」


トーダは黙祷するように目を閉じると背を向けた。


「どこに行くつもりだ?」


「彼奴は―――ランバルドの新しい戦略について噂で知っていたはずなのだ・・・。しかし、ロニエを戦地にして、民衆を巻き込んだ。もう見過ごすことはできん」


「グラルは良いのか?」


「言ったであろう、グラルの狙いもクラビスだ。グラルもこの機に動かぬはずがない」


トーダは怒気を露わに告げると、粉塵の中に姿を消す。


「あっ、ちょっと。皆さん、行かせてしまっていいんですか?単独行動なんて危ないじゃないですか。引き止めましょうよ」


カレルはあたふたと呼びかけるが、レザラとタポラはもちろん、ソスでさえ動こうとしなかった。


彼奴とはむろん、クラビスのことだ。


誰が何と言っても、怒り狂ったトーダを止められるとは思えなかった。


下手についていっても、姿を消せないレザラ達は足手まといになる。


「行ってしまわれたな」と、タポラが珍しく気遣わし気に呟く。


「あのトーダを引き止めると、骨が折れるどころか、命を落としそうだ。・・・俺達は逃げるぞ」


最後に見た父親と同じく、トーダも戦に向かう者の目をしていた。いや、それよりももっと禍々しい、復讐に駆られた暗殺者(アサシン)のような瞳でもあった。


レザラの内心はどうあれ、あの目をした人間を止められるはずがない。


何より、今はソスがいる。

まずは、逃げることを考えなければならなかった。



近くの爆風を受けた軒が崩れ落ちる。


ランバルドの攻撃の続く中、悠長に会話している暇もない。


度々ある高炉の爆発で空気が薄くなっている。


そのまま留まっていれば、窒息死や炎に囲まれ焼け死ぬのは時間の問題だ。


絶叫や赤子の鳴き声、怒号に目を瞑りながら走り続けた。


瓦礫に行く手を阻まれ迂回を繰り返すと、気が付けば、北の大河沿いの道に出た。


――ちっ、都市が大規模な空襲を受けたんだ。無理もないか・・・・・・


進めば進むほど生存者の姿が増えてきたが、大河が見える頃には人が密集して先に進めなくなっていた。


皆、目指す所は同じで、熱気から逃げるように大河を目指している。


船には逃げ惑う人が乗り切らなくなり、落ちる砲撃と爆撃の恐怖で、大河に飛び込む者まで出てきている。


レザラは身動きが叶わぬ状況に臍を噛む。


「もう終わりだああああ!」


カレルは泣きわめいて、頭を抱えた。混乱をきたした部下に向けて、容赦のないタポラの足蹴りが襲う。


「いたっ」


「まったく、これくらいで泣くんじゃないよ。鬱陶しいね」


「これくらいって言いますけど、大変な状態ですよ!」


高台からの攻撃をすり抜けたランバルドが、群衆に向かって滑空する。


爆薬を落とし、長槍で何人も突き刺す――それを繰り返す。


大混乱に陥り、人々は逃げようと駆けだすが、鮨詰めになった状態では身動きもできず、無残にその命が狩られていく。


タポラが何度かマーヴで攻撃したが、敵の動きが早すぎて命中しない。


 レザラは人混みをかき分けて舟屋の屋根に上ると、人間離れした跳躍力で降下してきたランバルドに飛び移った。


「おおおおおお」


ランバルドの羽を掴んで飛び乗ると、騎手と揉み合い、数発ぶん殴った後に蹴り落とす。


ランバルドはレザラを振り下ろそうとするが、夕霧を突き入れ、首にかかった手綱を締め上げて右へ誘導する。


丁度その下を潜り抜けようとした二匹目のランバルドに向かって飛び移り、騎手の顔面を回し蹴りで気絶させた。


「堕ちやがれ!!!」


刀身を震わせて狂喜する夕霧を握り、前方から襲ってきた三匹目のランバルドを剣圧で吹き飛ばす。


円を描く剣圧に羽が千切られ、三匹目はそのまま大河に水没する。


周辺にランバルドがいなくなると、足元のランバルドの頭頂に蹴りを入れて気絶させ、地面すれすれでレザラは飛び降りた。


人並みがざっと割れる。レザラが立ち上がったとき、どっと周囲に歓声が湧いた。

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