表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/37

祭りの日は業火の夜6

 山際に日が沈んでも街は祭りで賑わい、陽気な夜は続いていた。


レザラとソスは中央通りを北に進んだ先にある飲食店で観劇に興じていると、遅れてトーダとタポラが席についた。


二階バルコニーから広場で行われている演劇を見下ろすことができる人気の料理店だ。


入れ替わり立ち代わり、厚化粧をした旅役者が歌や踊りを披露しながら物語が進展していく。

演目は、囚われの姫を王子が奪還するという異国風の物語だ。


ソスは時より食事の手を止めて見入っている。


夕食にしては遅い時間だったが、祭りならではの催し物を座りながら観られるとあって、店内は中々の盛況ぶりを呈している。



 演劇の幕間に入り、タポラが見計らったようにソスに問う。


「ロニエに着きましたけど、そろそろ大樹公の所に行く気にはなりませんかね?」


本日何度目かの質問である。これに対しては、ソスはこの上なく頑固だった。


「助けて頂いて申し訳ありませんけど、私は、グラルを無視してここを離れたくありません」


「ソス様の本当の目的はグラルなんですかねぇ?どうもそれだけとは思えませんけど?」


「間違いありません。何度も言わせないでください」


顔を赤くして反論するソスに、「はあああ」と、タポラは悲歎にくれる。


諦めろと言うようにレザラがタポラの肩を叩いた。


「・・・それにしても、クラビスがロングラードホールの摩瘴気をテル・カナシュに流して混乱を誘い、その後、西にある小国チタンを攻めてオルレイア包囲網を分断したいと考えているというのは、事実なのか。摩瘴気を戦の道具に使うなんて、愚かしいにもほどがあるぞ」


「私は事実だと思うよ。ロングラードホールの地下施設は街を摩瘴気から護る設備だけど、それはもう不自然なほど警戒が厳重だ。今も鎖で繋がれた労働者が中へ連れていかれて何か秘密裏に作業させられているらしいという噂も絶えない。何かあると思っていたけど、私はラピス卿の話をきいて納得したぐらいだ。軍が動くのは明日以降の数日中。おそらく進軍目的は、テル・カナシュに繋げた瘴気管を、早々に敵に封じられないための時間稼ぎをすること。これで決まりかねぇ」


タポラは興味なさそうにそう言うと、自棄になりながら鶏肉にかぶりつく。


瞳を閉じて話を聞いていたトーダは、薄目を開けると「しかし・・・」と口を開く。


「それについては、どうも解せないことがある。クラビスは自己顕示欲が強く、利己主義に走った非道だが、馬鹿ではない。大河を挟んでいるが、テル・カナシュとは目と鼻の先。その状態で今夜宴を開くとは、彼奴にしては呑気すぎる。宰相になる前は文官出身ではなく軍官出身だ。戦の前に兵士の緊張を落とすなど、どうも彼奴らしくない」


実はレザラも、それについて気にはなっていた。


もう一つ気になるといえば・・・・


「私は狂爪の動向も気になってますがね。グラルが多数目撃されているという情報が真か否かはこの際置いておくとして、なぜお兄さんしか護衛がいない今日の絶好の機会に、ソス様を捕まえようとしなかったのか疑問でしょう。味方の陣地で潜伏する理由もわからない」


と、レザラの代わりに疑問を口にしたのはタポラだった。


「それを言うなら、そもディーブス准将はなぜこの街にいるのだろうな。第三、第四、第五師団が今回の遠征軍の構成だという話だが、我の記憶では准将指揮下の軍は確か第一師団だったはずだ」


「テル・カナシュ進攻の別動隊指揮官として、他の王国軍と行動を別にしているとは考えられないか?しかし、そうなると、タポラの言うように、味方の陣地でソスを捕まえるのが憚れるほど身を潜める必要があるとは思えんな」


その直後、わあああぁぁぁぁと周囲で歓声が湧いた。


いつの間にか再会していたようで、演劇は見せ場に入っていた。


役者が両手剣を振り回しながら、高速の剣舞を見せて会場は盛り上がる。


一瞬そちらに意識が向いた四人の卓の上に大柄な男が突然吹き飛んできた。


激しい音がして卓がひっくりかえり、男も床に転がる。


 突然のことにソスは呆然としているが、タポラは鶏肉を銜えたまま皿を持ち上げ、トーダは椅子を少しずらして男を避けている。


レザラは―――


「貴様やろうってのか?」


「凄むな酒臭い。喧嘩は外でやれ」


大柄の男を殴ったと思われる酒で赤らんだ大男と、子分らしき三人の男達の前に移動している。


倒れた男の傍に二人の小柄な男が駆け寄って介抱し、大男を睨む。


街でよくあるチンピラ同士の喧嘩らしいが、男を殴り飛ばした大男は額に切り傷がある強面だ。


レザラの「酒臭い」発言が気に入らなかったらしく、床に唾を吐くと、拳を振り上げた。


レザラはひょいっと大男の拳を避けて足をかける。


大男は体勢を崩して床に手をついた。


「あぁあ、ゆっくり食事もできないのかねぇ」


タポラはそう言いながら、残った料理に手を伸ばしている。

それに対してトーダは、「予想に違わぬ展開だ。祭りの余興としては楽しいじゃないか」と笑っている。


「『見世物じゃねぇっ』て、本人が聞いたら怒りそうなこと、さらっと言いますなぁ」


「なに、『仕方ないな』と笑ってくれそうだがな」


「ははあ、そりゃあラピス卿の願望でしょう?・・・賭けますか?」


「ふふ、幾らにしよう」


トーダとタポラは傍観したまま、このやり取り。


ソスは二人に呆れながら、レザラに「頑張って」と目配せする。


「この野郎―――――――――ぶっ殺してやる!」


頭に血が通った大男とその子分は小刀を構え、倒れていた男も起き上がる。


間に挟まれたレザラは参ったなと頭を掻いた。


長旅の後の食事くらいゆっくりしたい。


恐怖で蒼白になっている近くの若い娘に気付くと、そっと手を引いて「逃げた方がよいぞ」と忠告する。


すると、なぜか娘はぽっと頬を赤らめて何度も頷くと、レザラの手を離そうとしない。

仕方なく背をおすと、名残惜しそうに、そそくさとその場を離れていった。


「死ねぇぇぇ!」


先に動いたのは怒り心頭の大男で、それに呼応するようにチンピラ達も拳を振り上げる。


「きゃあああああーーーーーー」


物騒な気配に、気づいた他の客も悲鳴を上げて外に逃げていく。


いつの間にか店にはレザラ達だけが残っていた。


レザラは瞬殺で大男に一撃いれると、器用にその場を抜けてタポラ達の席へ戻ってくる。


大男はすでに床に倒れており、レザラがその場からいなくなったことにも気づかず、チンピラ達は乱戦を続けている。


「もういいのかい?」


嗾けるタポラをレザラはジロリと睨み、手すりの下を見るように指差す。


笛を鳴らしながら憲兵が店に雪崩れ込むのが見えた。


「さて、楽しい時間も終わりだ。逃げるか」


いつの間にか食事を済ませていたらしいトーダがゆったり席を立つ。


ソスの手を引くと、風を起こして屋根の上に移動する。それに続いてタポラとレザラが続く。


屋根に上がった瞬間、憲兵が現場に辿り着いた。



 屋根の上を飛び移りながら移動した四人は、工業区近くまで来てこっそり街路に降り立った。


喧騒は遠く、人影もまばらだ。


「念の為言っとくけど、私達は指名手配犯なんだから、厄介ごとは困るんだけどね」


「何言ってやがる。結構楽しんで妙な賭け事してたくせに」


レザラに言われて、タポラとトーダは肩を竦める。


「ばれたか」と、いい歳の大人二人が満面の笑顔だ。


「それで、これからどうする。宿に戻るか?」


「いや、宿に戻るのはもう少し夜が深くなってからの方がよいだろう」


「そうだな。宿は中央通りに面した場所だ。誰かが俺達の顔を覚えていて憲兵を呼ばれても困るか・・・・」


「それなら、どこに行きますか?」


街を見て歩けるとあって、少し嬉しそうにソスが笑む。


レザラは東にふっと目を向けた。

視線の先には、東端に位置する王国軍の駐屯地とロングラードホールがあった。


「貴君の関心が摩瘴気とみたが違うかな」と、トーダ。


「上手く言えないが、気になるんだ。嫌な予感と言えばよいのか・・・・」


「この街は摩瘴気が濃い。地下施設が機能しているとはいえ、ヴァビロンの生き残りである貴君には辛い土地だろう。それに、いつ戦が起きるかもわからん。駐屯地辺りを軽く偵察することには我も賛成だ。巫女殿はどうする?」


「もちろん、私も行きます」


レザラは肺が極限まで縮むほどに溜息をついた。


「言うと思った。タポラと留守番で良いんじゃないか」


「行きます。私もこの街にいる一人ですから」


気合い十分に拳を握る。


ソスはレザラが心配だった。

黙ってレザラがどこかに消えるかもしれないという不安が拭えない。

漠然とした恐怖が先立つ。


口約束一つの曖昧な理由で、自分を助けてくれるのはレザラだと信じ込もうとしていた。


その後、自分を助けられるのは結局自分なのだと気づくのだが、このときは、そうとしか考えられなかった。恐ろしい未来から目を逸らし、考えることも止めていたのだ。


 レザラは困惑した顔で、樹布越しにソスの頬に触れる。


どんな表情をしているのか、それを確かめるように、瞼まで指が辿り着く。


「いったい、何を考えてるんだ、この巫女姫さんは・・・・・お前、ちょっと変だぞ」


「そうは言いますが、摩瘴気だって東は濃いし、私がいた方がもしものとき安全ですよ」


「この減らず愚痴め。お前は安全な所で待ってろ」


そのとき、二人の様子を眺めていたトーダは、しれっと爆弾を投下する。


「巫女殿も連れていってやれば良い」


「アンタまで何言い出すんだよ」


レザラは剣呑に声を潜める。


トーダは子供の顔で挑発的に笑う。

トーダの紫の目がソスに意味ありげな視線を向ける。


ソスは恥じ入るように、視線を逸らした。


同郷の老翁は、ソスの気持ちにとっくに気付いていたのだ。


「深入りはしないのだろう。それなら、四人で行っても同じではないか。それに、戦も近い。何か合ったときに、連絡がとれなくなるのは避けるべきだ。そう思わないか?」


勝手に仲間に入れられたタポラが背後で咽たのがわかった。


結局、トーダの鶴の一声により、四人は深夜に駐屯地に向かうことになった。





 巡回中の兵士を避けて、ロニエの明るい街頭が灯る路地を四人は歩んだ。


祭りの余韻を残すように街路は紙束や爆竹の残骸で汚れ、酔っ払いが酒焼けした声で歌いながら徘徊している。


深夜に拘わらず、浮ついた空気が漂う街を会話なく進んだ四人は、ロニエの東に位置する工業区まで移動した。


無機質の細長い煙突からは排煙が上がり、空を飾る美麗の星を暗幕のように覆い隠している。


当時は天にも届きそうな煙突群は珍しく、その黒煙や、鼻孔がひりひりする臭いは珍しいものだったが、ここ数年で珍しいものではなくなっていた。


厳つい製鉄所が並び、高炉は鉄柱で組み上げられた節足動物のような奇抜な外観をしている。

数年前までは周囲を煉瓦で囲み、炉口が見えるだけの簡素な造りのものだったのに、技術の進化はとどまることを知らない。


そのまま工業区を大河沿いに進むと、下が船着場になっている建造物が整然と並んでいた。

その一段上の高台には砲台が並び、鉄の阻塞(そそく)が築かれている。


東端まで来ると、鉄柵が続く軍の駐屯地が視界に広がり、境界となる柵は南端まで続いているということだった。



昼間に見たロングラードホールの赤靄が、ずっとレザラの脳内にちらついて離れない。


摩瘴気は大地の裂け目から揺蕩い、底は活火山のように赤い色彩を放っていた。


駐屯地の向こうに目を凝らしても、闇夜ではさすがに摩瘴気の色彩を確認することはできない。


それでも、目端に羽虫が飛ぶようにちらちら赤色が揺れているようだ。


目には見えなくとも、摩瘴気濃度が高い地域独特の圧迫感が、脳に働きかけて錯覚をみせているということだろうか・・・・。


気づけば鬱陶しくて、何度も目を擦っている。


―――デヴィはこの状況をどう思っているのだろう


『僕もやらないといけないことがあるからね。例えどんな手を使っても』


そう語ったときのディーブスの顔が、不意に目に浮かぶ。


その通り名と似ても似つかないほど、理性的な目をしていた。


それがひどく印象的だったので改名を望んだのだ。


今まで何度もあの目を見てきた。


バインドバーストの知らせを受けたときの父親。別れを告げる母親。傭兵仲間・・・。


―――あれは戦に赴く者の目だ。


「何かがロニエで起ころうとしている・・・・・」


 レザラはロングラードホールの入口がある駐屯地を睨み、拳を握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ