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祭りの日は業火の夜1

 オルレイアの首都ハバンの北にグレゴリン大陸一の名城ブレスバッッフェル城が存在する。


オリビエ湖の小島の上に建造された湖上の城は、その雅な外観から天鳥の宮殿と称されており、荘厳かつ広大な敷地面積を誇っている。

湖の噴水には随時虹がかかり、城内の庭園は数百種の花が植えられ、常緑樹の並びは上空から見ると一枚の絵画となる。


その美しい庭園を一望できる場所に国王執務室があった。


昼下がりの午後。


最高級の調度で囲まれた部屋で、書類に目を落としていた壮年の男は、来訪者を知らせる声に顔を上げた。


扉の向こうから従者の悲鳴と騒がしい足音が近づいてくる。


「早い帰還だな」


宰相クラビスは、返事も待たずに侵入してきた長身の男、ディーブス=デュラハンを認めて、書類に視線を戻す。


ディーブスは主の問いに応えず、手に持っていたそれを長毛の絨毯に転がした。


紅い血を四方八方に飛ばして生首が転がる。


「ディーブス准将。そんなもので、部屋を汚されては女官長に恨まれてしまうではないか」


「申し訳ございません、閣下。でも女官長なら、恨まれるどころか、鶏を絞殺したような悲鳴を上げてどこかに逃げて行かれると思いますよ」


「ふふっ、それを私が試せと?」


「ぜひとも」と、ディーブスは愛想笑いを浮かべる。


「・・・・それで、その首はどこの誰なんだ?」


「こそこそ嗅ぎまわるネズミの新種ですよ。オルレイアは薄汚いネズミの巣窟でしたけど、あの外界の巫女を攫ってきてから、毛色の新しいネズミがまた増えましてね」


「この首の主が、グラルの間諜だと言いたいのか?」


オルレイア人特有の茶色の髪をした男の首だ。


しかし、ディーブスの野生のような勘は滅多に外れない。それはクラビスもよく承知している。


 すると、扉の向こうから慌しい足音が響き、従者が来客を告げる。


一拍の後、顎の尖った男が几帳面に拝礼して、部屋に押し入った。


「閣下、准将がお越しと伺いましたが、ご無事ですか!」


「人を猛獣みたいに言わないでよね、自称忠勤の書記官殿。僕が来る度に顔を出すなんて、どんだけ暇なの」


ディーブスの軽口に顔を赤くした書記官は、絨毯に転がる首を見つけて更に険悪な表情になる。


「貴様という奴は、閣下の御前にこのような汚らわしいものを置きよって、今度という今度は許さん」


「はいはい、何回、『今度今度』って言うんだか・・・・」


「はじめて言ったんだ!その二枚舌を引き裂いてくれるわ」


「もうよい、二人とも」


冷え冷えとした声音に、二人はぴたりと口を閉じる。

クラビスは悠然と葉巻に手を伸ばして、双方に座るように命じる。


「グラルの間諜が増えたと言っていたな」


「そうですよ。閣下はあの巫女が役立つと思って攫ってきたようですけど、面倒な敵を増やしただけではありませんか。隣国との戦を前に、他の敵を作るのは危険だと思います」


「お前は存外頭がいいと思っていたが、そうでもないようだな。あの者は信じられんことに碧双界では女神のような存在らしい。交渉にこれほどよい道具はあるまい。碧双界はここ数年摩瘴気の被害で、文明を退化させる道を選んだが、強力な武器を作る知識は失われていない。ドルステッド社に高額を支払うより、安くて良質の武器や製造方法を学ぶことも可能だ。それだけでも十分に価値がある」


「すみません。出過ぎたことを申し上げましたね」


言葉だけ丁寧に謝罪したディーブスは、近くのソファに腰かけ、断りもなく茶器に手を伸ばす。


それを書記官が怒りの形相で睨んでいる。


「ところでドーヴァでの首尾はどうだった。その報告に来たのだろう」


「調査の結果、巫女泥棒は周到に計画を立てていた形跡がありました。やはり、巫女を異界から連れてきたときに、無理にでもハバルに護送するべきでしたね」


―――まあ、おかげで面白い再会はあったけど・・・・と、内心呟くディーブス。

レザラを思い出して、くすっと笑う。


「テル・カナシュの軍勢が国境近くで演習を始めたと情報が入ったのだ。チタンとの正式な同盟を成立させてから動くかと思っていたが、血の気の多いテル・カナシュは明らかな挑発行為に出た。万が一に備えて、急遽碧双界から戻った戦力をそちらに回す必要があった」


「一人の少女を国内で護送するだけなのに、ままならない今の現状は、本当に同情しますよ。それだけあの巫女に価値があるってことなんでしょうけど?」


クラビスの眉が一瞬歪んだのをディーブスは見逃さなかった。


「巫女の護送と一緒に頼んでいた、ドーヴァ領主の件はどうだったのだ」


「閣下の予想通りです。ドーヴァ領主は閣下と懇意にしていましたけど、裏では物資を反政府組織に流していました。その後は脅して、近い内に新政府への莫大な援助金と反政府組織幹部の首を送るという約束を取り付けましたが、他の貴族同様警戒はしておく必要はあるでしょうね」


「よく証拠をみつけたな」と、苦々し気に書記官。


「何のために最新鋭の軍艦で行ったと思っているの。城に砲撃を打ち込んで、固い口を砕いて謝罪させるためじゃない」


「野蛮な奴め」


一方、喉で笑ったクラビスは、考えの読めない顔で笑みを浮かべた。


「グラルの巫女は残念だったが、お前に行かせたのは正解だったな。レアズピークの一件はよほど領主達を震え上がらせたらしい」


「喜んで頂けて光栄です。さて、僕は忙しいのでそろそろ行きます。巫女の奪還ですが・・・・」


「優先順位を間違えるな。今は巫女に人手を割いている暇もあるまい」


「有難うございます、閣下」


 書記官に睨まれながらもにこりと微笑んで、国王執務室からディーブスは出る。


その姿が見えると、待合室で待機していた副官が現れ、何も言わずに随行する。


柱の影に、足音を立てない人影が動いたが、ディーブスは気付かぬふりして歩き続ける。


「『存外頭がいいと思っていたが、そうでもないようだな・・・・』て、言われたよ」


ディーブスは声を潜めながら副官に言う。小馬鹿にした物言いに、副官は眉を寄せる。


「閣下の嫌味ですか。ご愁傷様です」


「心が籠っていないように聞こえるけど、気のせいかな。ところで、あっちはどうなった?」


「あと少しで到着との報告が入っています」


「閣下を含めて、今は皆、テル・カナシュのことばかり気にかけているけど、真に危険な奴らはグラルさ。奴らは摩鬼を扱う術を持つ種族だ。僕の経験から言うと、摩瘴気を利用しようとする奴は、得てして碌なことをしない」


ディーブスは言い終わると、血を吸った手袋を副官に投げつける。


それと同時に廊下の角から小さな子供が飛び出してきた。


「デヴィ!戻ってきたんだね。一緒に遊ぼう!」


赤みがかった茶髪の男の子が、侍女に追いかけられながら駆け寄ってくる。


息を弾ませ、顔を輝かせた男の子は、ディーブスの胸に飛び込んで甘える。


「見ろ、レイノル。王子様が僕をご所望だ。今日の予定は明日に回せ」


一瞬物言いたげな顔をした副官は、無言で頭を下げてその場を後にした。


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