表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/37

命燃ゆる祖の地、オルレイア5

 雨が激しくなり、ぬかるんだ道を三人が走っていると、唐突に魔葬銃の発砲音が聞こえた。


続けて爆発音がして足元が揺れる。小さな村に悲鳴と怒号が響く。


何かがあったと察したレザラは、迷うことなく音がした方向に走り出していた。


「摩鬼が現れたぞー!村人は早く建物に避難しろ!」


兵士の叫び声が響く。


外にいた村人は一斉に建物内に避難し、固く扉が閉められる。



 村の入口に辿り着いたレザラは、摩鬼と応戦する兵士を認めて抜刀する。


狼と蝙蝠の摩鬼の群れがそれを食い止めようとする兵士に襲い掛かり、逃げ遅れた村民に食らいついている。


摩鬼の数がおよそ五〇以上であるのに対し、兵士は三〇人。各々魔葬銃を構え、剣帯している。入口両脇には大砲が三台並び、砲手が湿った導火線に苦労して着火した。


鼓膜を震わす爆音と落下地点の土が抉れて吹っ飛ぶ。

狼の摩鬼も数匹投げ飛ばされた。


 夕霧で近くの摩鬼に切りかかったレザラは、膨張した赤い肉体を真っ二つに切断し、頭部を串刺しにして地面に叩きつけた。


続いて村に侵入した狼の摩鬼がレザラに飛びかかってきたので足で蹴り飛ばすと、右手からきた蝙蝠を肘で殴り落とす。


「おい、アンタ大丈夫か」


蝙蝠の摩鬼に襲われていた村人に近づくと、肩は千切られ、腕を失くした状態で泥の中に沈んでいる。


腕を銜えた蝙蝠を切り落とし、村人の容態を確認したレザラは舌打ちして立ち上がる。


「くそっ・・・こんな小さな村に摩鬼かよ・・・・いったいどこから湧いて出たんだ」


 戦況は見るからに兵士が摩鬼に押されていた。


悪天候で視界が悪く、敏捷性の高い狼や蝙蝠では魔葬銃で狙いをつけ難い。


辺境の村に派遣される兵士では、十分に摩鬼に対抗できるほどの練度も期待できない。足を泥にとられて転ぶ兵士までいる始末だ。


「雨が降っているのが救いだが、状況は良くないねぇ」


「―――タポラか、遅かったな」


回し蹴りで数羽の蝙蝠を落とし、後方宙返りをしながら《砲光華弾(バンボルラ)》を放ったタポラが駆け寄ってくる。


「お兄さんにとったら、魔人みたいに繁殖能力がない動物の摩鬼なんて、楽なものだろうと思ってね。ゆっくり来てみたんだが・・・・・どうも変だね」


摩鬼は火の神の摩瘴気によって変異した生物だから、水が弱点とされている。


魔人は頭数を増やして自分達を優勢にしようと思考が働くからか、人間を食らって新たな魔人を生む能力を備えているが、動物の摩鬼は同族を食らって繁殖するようなことはしない。


それは一般的な摩鬼の知識だったが、それとは別に、タポラは何か違和感があるようだった。


「なんか妙な感じだよ。摩鬼達が統制のとれた連携をみせるなんて」


タポラの言葉に驚いて、レザラは摩鬼を凝視する。


二人一組をとるように、蝙蝠と狼の摩鬼が人間を襲っている。


入口の突破が難航していると判断したのか、前列の狼が踏み台となり、後列の狼が村の周壁を越える。


知能や能力は摩鬼となっても引き継がれる。


だが、もともと知能の低い動物の摩鬼は、連携を組んで人を攻撃し、戦況を読む能力はないはずだった。 


「動物の摩鬼が連携だと!ありえない」


壁を越えた狼を夕霧の剣圧で一遍に吹き飛ばす。


「いったい、何が起こっている・・・・?」


「グラルの仕業だと思います」


遅れて駆けつけたソスとトーダが到着する。


息が上がりながら、胸を押さえたソスは辺りの気配を探った。焦りながら何かの気配を探っているようだが、見つけられず左右に首を振る。


「直接人間に危害を加える行為を禁忌とするグラルは、代わりに摩鬼を操る術を使うときがあります。おそらく、私を追ってきたグラルが摩鬼を使役しているのです。近くにはいないようですけど、間違いないと思います」


「なんだと・・・」


無残に噛み殺された人の屍が地面に転がり、肉塊となった摩鬼も辺りに散乱している。


まさに悲惨極まる光景だった。


ソスを追ってきたにしても、その容赦のないやり方は異常だ。


「人の平和を守る種族が呆れた暴挙だな」


「彼らも我慢の限界なのだろう。何回忠告しても摩瘴気を発生させ、危なくなったら彼らを頼る人間が、揚句に大事な巫女を奪って逃げたのだから」


レザラの皮肉に真面目に答えたのは、言うまでもなくトーダだ。


「この様子だと、グラルを説得して、ひとまず攻撃を止めてもらえそうもないな」


「大樹公本人ならまだしも、私の言葉は彼らに届かないだろうね。巫女の言葉も聞き入れられず、強制送還間違いなし。そんなことなら、始めから彼らと手を組んでるよ」


ひひひっと笑うタポラは、会話中も狼と蝙蝠の息の根をとめていく。


「巫女奪還が目的とはいえ、人間を人間と思わぬ所業だ。いったいグラルとはどんな種族だ。気分が悪い・・・・!」


兵士の数も減り、弾倉も底をついたのだろう。「突撃!突撃!」と上官らしき男の号令が響きわたる。


「馬鹿ッ止めろ」と叫んだレザラは、無謀な突撃命令に顔色を変える。


 止めようと走るレザラの前を一陣の風が巻き上がり、桃色の風が兵士を取り囲むように漂う。


兵士は一人残らず眠りにつく。弱い竜巻に変形させた《鎌風(ヴァシーユ)》で、《夢絃香(ルレーブ)》の効果範囲を絞って兵士を眠らせたらしい。


二つのマーヴを同時に発動できる人間はトーダしかいない。


胸を撫で下ろしたレザラは、諦めたように碧筒からそれを取り出す。


魔葬銃を一〇倍ほど大きくした銃火器で、摩鬼の群れに向かって連射した。


引き金を引くと重低音を発しながら何発もの摩弾が連続発射される。


飛行する蝙蝠は地面に落とされ、狼は体を撃ち抜かれて転がりまわる。


ドルステッド社が開発した最新式の重機関銃で魔連射砲転銃(まれんしゃほうてんじゅう)という。


摩弾の消費量が激しく、その維持費だけでも馬鹿にならない。


高額の依頼料が入る仕事に使おうと心に決めていたが、背に腹は代えられない。


魔葬銃よりも攻撃範囲が狭いが、敵の数が多いときは重宝する。


後方の摩鬼の数を減らしたレザラは、ふと、一人体を丸めて不安気に戦況を見つめるソスに視線が止まる。


「攻撃用の聖樹法は使えないのか?」


慌てたソスは頭が外れるのではないかと思うほど、首を縦に振る。


「それなら、眠っている兵士に襲い掛かる摩鬼がいたら、これで撃ち落とすか威嚇射撃を頼む」


「えぇえぇっっ!武器なんて触ったことないですよ」


「今どき一〇に満たない子供でも上手く使うぞ。武器くらい使えるようにしておいて損はない。但し、間違っても人に当てるな」


「そっそんな、あんまりです!」


「泣き言はやってから言ったら良い。そもそも、お前は何もしないつもりか?それで良いのか?」


「・・・・・やってみて味方に命中したら、泣き言だけではすまないです」


「そうだよ。初めて扱う武器が魔連射砲転銃っていうのは、荒ぶり加減が半端じゃないね。それでソス様に蜂の巣にされたら、たまったもんじゃない」と、この不満はタポラ。


「ところが、ここには危なくなったら何とかしてくれそうな大魔導師がいるじゃないか」


他力本願のひどい返答をしたレザラは、気にした様子も見せず、村の外へ突撃していった。


「やれやれ、我が砲術指南とはな」と溜息をつきつつ、レザラの意図を汲んだトーダは、早速、魔連射砲転銃の使い方をソスに教え始めた。


「・・・まったく、どうなっても知らないよ」


タポラも心配するのが馬鹿馬鹿しくなってきて、前衛に移動して摩鬼の殲滅を再開した。


「あっ、あーーー!よっ避けてください!」


ソスは教えられるままに引き金を引くと、案の定、機関銃を固定できず、態勢を崩した。銃口が暴走したように左右に振れる。


ドドドドドッと重低音を響かせながら、波を描くように弾が発射された。


「ほらっ言わんこっちゃない」と呟いたタポラは、近くの摩鬼を盾にして弾丸を避け、レザラは夕霧で弾道をかえる。


眠る兵士には、トーダが《鎌風》で弾を防いだ。


すぐに機関銃の軌道修正をしたトーダは、ソスの体ごと重機関銃を支えると、次々と蝙蝠型の摩鬼を撃墜していく。


「凄いじゃないか。その意気だ」


レザラはトーダが武器に明るいことは知らなかったが、思いの外上手くいって満足そうである。


ソスも慣れてきたらしく、次々摩鬼を撃ち落としていく。


「こりゃあ、無茶苦茶だ。久しぶりに人選をミスっちまったかな・・・・」


ソスとレザラを見比べたタポラが、特大の溜息をついた。



 それほど時間をかけることなく、摩鬼を全て撃退することに成功した。


視界の悪い雨の中、赤い血痕が泥濘に混ざり、遺体の山が築かれる。


レザラは魔鬼の中に微妙に動くものがいるので、確実に一体一体刃を突き入れて息の根を止めて歩く。


それが終わると、村民に頼んで水を分けてもらい、頭から水を被った。


摩鬼の血は、人間や動物のものと同じように赤く、鉄錆の臭いがする。


人の死体が転がっていると、自分がいったい何を切ったのかわからなくなりそうで、すぐに血を洗い落とした。


トーダとタポラが村の中を見回った後に、戻ってきた。


「魔鬼は入口にいたものが全てで、村の中に侵入した形跡はなかった」


「そうか、一先ず安心だな」


「いや、それはどうかねえ。来客だよ」


タポラが機嫌が悪そうに注意を促す。


参道の向こうに、幾つかの人影が霞の中現れる。


前方にいた人影が進み出て、その姿が露わになると、女だとわかった。


白雪の肌に黒い髪、黒曜石の瞳。漆黒の袈裟を身に着けた妖艶な美女だ。


突如摩鬼と戦闘を繰り広げていた場所に現れたのだ。何者かは予想がつく。


「グラルだな。ソスを奪いにきたのか?」


「奪うとは笑止。人間達が我らの巫女を奪ったのだ」


華奢な体からは殺伐とした気配が漂い、闇で生きる人間特有の静かな殺気が滲み出ている。


「クーラ、やっぱり貴女だったのですね」


レザラの背後からソスが決まり悪そうに顔を出すと、クーラと呼ばれた女は安堵を滲ませて微笑んだ。


「よくご無事で。心配いたしましたよ」


「知り合いか?」


レザラの問いに、ソスが躊躇いながら頷く。


「私が幼少の頃に、護衛をしてくれていた者です。今は諜報活動などを行う作戦部隊の長を担っています」


「巫女、今すぐ郷へ戻りましょう。皆が心配しておりますよ」


「長老方には心配しないでくださいと伝えてくれませんか。私は自分の意志で、大樹公に会いに行くと決めました。だから、この場は引いて下さい」


「それはなりません。外は危険だから、必ず長老の許しを得なければならないと申し上げたはずです。怖い目にあったのに、巫女はまだ理解していないのですか?」


「それでも、私は決めたのです。人間を守るといいながら、人に危害を加える最近の郷のやり方も気に入りません。お願いクーラ、見逃して!」


クーラがソスの身近な人間だと察したレザラは静観の構えをとる。


ソスは懇願するように叫んだが、クーラは冷然と首を横に振った。


「あなたを連れ戻すことは議老会の決定事項です。いくら巫女といえど、従わないとは許されないことです。私共なら猶のこと、何としても巫女を連れ戻さないわけにはいきません」


クーラが歩み寄ろうとしたが、ソスはその分後ろに下がって首を振る。


「議老会では、オルレイアに囚われている巫女を奪還しろと決まったのではありませんか。今、私は自分の意志でここにいる。議老会の決定は無効です」


「巫女!」と非難の声がクーラの背後から聞こえてくるが、ソスはその声に反応しなかった。


「どうしても今すぐ戻られるつもりがないのでしょうか?」


「クーラも知っているでしょう。私は郷が嫌いだし、巫女の役目だって嫌なの」


クーラは暫く考える様子だったが、目を伏せて頷いた。


「摩鬼も使い果たした今、私からはあなた方に直接手を出すことはできません。仕方ありません。念のため、長老方にはそのように報告するしかないようです。しかし、あの長老方が巫女の勝手を許すとは思えません。次会うときは必ず戻って頂くことになりますよ」


「・・・・」


何も言おうとしないソスに、クーラは控えめな溜息をつく。


暫し迷うように視線を彷徨わせた後、心から心配している様子で言葉を紡ぐ。


「あと、あまりオルレイアに長居しない方がよろしいかと・・・・」


「・・・・どういうこと?まさか長老方は、何か企んでいるの?」


「・・・今の長老方が、我々の巫女を奪うという人間の侮辱行為を許すはずがありません。いったいどんな決断を下すか、よく考えてみてください」


そう言って、クーラを含むグラルが一礼すると、姿をかき消した。


 ・・・嫌な感じだ。


レザラは思った。


組織に盲目的に従う奴らは、後々面倒事を起こすことが多い。


部下の意思決定を封じる組織というのは、得てして強行的な態度に出る確率が高いからだ。


「きな臭くなってきたな。王国軍も面倒だが、グラルも・・・・相当ヤバい奴らのようだ」


「昔は温厚な種族で知られていたんだよ。だけど、碧双界の産業革命が彼らを追い込んでしまった。まったく、これからどうなるんだろうね。このガディナの未来は・・・・」


顔を顰めて話し合うレザラ達の背後で、ソスは不安で顔を曇らせながら、クーラの消えた場所を見つめ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ