命燃ゆる祖の地、オルレイア4
「薬に食料、それと衣類に・・・・」
広場で買い込んだものを袋につめて、碧筒に入れる。
その少し後ろをトーダとソスが並んで歩く。
ソスの姿は村人には見えないので、若い父親が息子をつれて、仲よく買い物をしているように傍からみえるらしい。
嘗てないほど、村人に無駄に微笑ましい目を向けられて、レザラは居た堪れないことこの上ない。
タポラは潮風が堪えたので本調子じゃないといって、宿で寝込んでいる。
すぐに買い物を終わらせたいと思っていたレザラは、トーダを見下ろして思わず噴き出した。
小柄な体に似つかわしくないほど、たくさんの果物や食料を腕に抱えたトーダが溜息をつきながら斜め後ろをついてくる。
実年齢はどうあれ、外見はお目にかかれないほど綺麗で愛らしい子供なので、すれ違う村人が珍しがってあれやこれやとトーダに物を与えたのだ。
静かに立っているだけで「お利口さんなのね」と頭を撫でられ、物を貰って礼を言うと「礼儀正しいのね」と抱きつかれ、憂鬱そうに歩いていると「どうしたの、坊や」と、終始こんな調子だ。
一国の宰相を務め、王殺しの罪科まである幼い老翁は、肩を落として今にも死にそうな顔で歩行を続けている。
「あの、あの、服の中にしまえば、きっと荷物も見えなくなると思います。私でよかったらお荷物をお持ちしますよ!」
「・・・気持ちは有難いが、そういう問題ではないのだ、これは・・・」
鬱々としたトーダと、それを見かねたソスのやりとりが聞こえる。レザラが堪り兼ねて大爆笑したのは言うまでもない。
「おい、肉がやたらと高額なんだが、もっと安くならないのか?」
一通り買い物を済ませたレザラは、肉や野菜が並ぶ露天に足をとめ、保存の効く干し肉を買おうと値札に視線を落として固まった。
何の肉だと内心叫びたくなる。伝説の食材ホロス牛並みの値段が、こんな片田舎の市場で拝めるとは思わなかった。
「悪いねぇ、最近男手が足りなくて肉の納品がめっきり減ってしまったんだよ。以前は男達が狩りに出てよく仕留めてくれていたんだけど、今じゃあ、村の外に出るのも危険だからね」
恰幅のよい店主が困ったように謝罪する。
店主の話によると、働きざかりの村の男は徴兵されるか、北の武器製造工場につれていかれたということだった。
そして、最近では摩鬼まで現れるようになったので、作物が荒らされることも多く、物価が上がっているらしい。
「どこも税金を納めるだけで必死さ。大きな声では言えないけど、隣に住んでた老夫婦は払えなくなって、兵隊にどこかにつれていかれてしまったよ。物騒な世の中だよ、まったく」
声を潜めた店主は、ちらっと前を通りすぎた緑の軍服に視線をやった。
店主の顔には、不満と怖れが浮かぶ。
オルレイアでは今や見慣れた光景だが、王国軍の兵士が警護を名目として各市町村に派遣されることは珍しくない。
魔葬銃を持った軍人が村にいることを快く思わない村人も多いようだが、摩鬼が出るとあっては、軍人がいないよりは良いという心境なのだろう。
結局予定より少ない干し肉を購入して買い物も終わった。
宿に戻ろうとしたところ、ソスが吸い寄せられるように逆方向に進み始めた。
「どうした?何かあったのか」
「私も外の世界を見たい。村の中をもっと見たいです。だめですか?」
「いいや、そういうことなら、さっそく行ってみようぜ」
レザラは思わず、ソスの頭を撫でて笑った。
小気味よい音がして、前を行くソスが足を止める。
他の民家より大きい建物の中には、トヤナと呼ばれる垂直型の織機が並び、その前に女達が袖を巻くって仕事に専念していた。
大都市では力織機が主流だが、まだこの辺りでは手織機が使われているらしい。
カタカタ一定のリズムで編まれる音が気に入ったのか、ソスは目を閉じて耳を傾けている。
右を向くと、男女二人の子供が奇声を上げながら井戸の周りを駆けまわり、妙齢の女が樽を積んだ荷車を引いていた。
玄関の前まで移動したレザラは、中で行われている機織りの様子に目を眇めた。
「見事に女ばっかりだ。働きざかりの男がいねぇ」
真昼間だというのに、村は閑散として織機の音と微かな子供の声しかしない。
村の居住区を囲む石積みの壁が見える場所まで足を運んだが、ここまで来るのに、年寄り、子供、軍人以外の男は目にすることがなかった。
オルレイア全土に徴兵制はあるが、ここまで働き盛りの男が姿を消している村をみるのは始めてだ。
「セナ村といったか。ここは王家の直轄地なのか?」
「如何にも。西に山を越えると首都ハバンがあり、北の山を越えると北端のロニエ。さらに大河を越えた先に騎馬民族が国を治めるテル・カナシュという国がある。北のロニエを含め、この辺りは豊富な資源と防衛の要。だからこその、王家の直轄地だ」
レザラの問いに、トーダは逐一丁寧に答える。声音には剣呑なものが含まれているが、それも仕方がない。
ここが貴族の領地であれば、魔瘴気を鬼穴へ流す危険が伴う実験に、領主は反対したはずだ。
また、村民を国に貸し出して経済力が激減する無茶な徴兵を受け入れたとも考え難い。
つまり、それが可能なのは、王家に意見できる領主のいない直轄地だけということになる。
オルレイア国民でないレザラでも怒りを覚えるのだから、反クラビス派の元宰相にしてみれば、臓腑が煮えたぎる怒りを持ってもおかしくない。
藁を丸めて作った球がレザラの足元に転がってきた。
子供が走り寄ってきたので、レザラは投げ返してやる。
重い空気が沈殿する村で、子供達の明るい声が不自然なほど響き渡る。
球を投げ合いながら、子供達の歌は閑散とした街に瑞々しい息吹を吹き込んだ。
勇敢なる祖の地 オルレイア
ソワリアの花が散ろうと 我らは希望を捨てない
主が剣を掲げるとき 我らは誇りと共に立ち上がる
暴君はこの地にいらぬ さぁ立ち上がれ国民よ
我らの主ウィリアム=ディル=オルレイアがよんでいる
命燃ゆる祖の地 オルレイア
落ち葉のように死が重なろうと 我らは再起を忘れない
暴君がこの地を蹂躙しようと 正義は我らと共にある
あぁ神々よ 我らの主を守りたまえ
我らの主ウィリアム=ディル=オルレイア その魂を
耳を傾けていたトーダが耐えかねたように瞳を閉じた。
アルサス王を埋葬するときですら顔色を変えなかった男が、唇を噛んで苦渋で顔を歪めている。
「泣きたければ泣けばいいんじゃないか?」
「馬鹿を申すな。この年になって泣くのは、マーヴを使うことよりも骨が折れるわ」
「はは、そりゃそうかい」レザラがおどけて笑い、ふっと真面目な顔になる。
「何もなければ、民は国家を歌うことはない。クラビスが実権を握ろうと、アルサス王は未だ国民の主なんだな。どういう人だったんだろうか?」
「我とアルサスとの出会いは五〇年以上前に遡る」
「・・・・五〇年・・・長いな。そりゃあ、涙も枯れる」
「・・・。あやつが玉座に座る頃にはすでに国の枠組みは完成し、政治の変革も人材の登用も国王の一存だけでは難しいほどだった。だから、若い頃のあやつの口癖は『どこそこの国では上手くいってるのに、我が国ではなぜこうなんだ。阿呆と頑固者が金塊を抱いているぞ』であり、諦めがついた頃には『我々の仕事は犬猫の調教よろしく貴族達を如何に上手く使うかだ』だった。逝く直前は『面の皮の厚い自称味方は当てにならん。だが、国民が当たり前のように生を全うできる国に整えたい』だったかな。賢君とは巷で言われていたようだが、その生涯は苦労も多く、短気で口の悪い暴れ獅子のような奴でもあった」
子供達を眺めていたトーダは、悔恨と懐古の情を滲ませて語った。
つられてレザラも同じように子供達を見つめていたが、鼻に水滴が跳ねたのでトーダの腕を引いた。
分厚い暗雲が垂れ込めて、湿った風に雨の臭いが混ざる。
「・・・宿に戻ろう。年寄りにはきついだろう」
「・・・・・・・・口の悪い奴だ」
トーダは可笑し気に笑うと、ソスを呼び戻して来た道を戻った。