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命燃ゆる祖の地、オルレイア2

 ディーブスを退けた一行は、今後の進路について話し合った。


レザラを驚かせたのは、同族と引き離されたソスが、早急にグラルの元へ帰らず、大樹公に会いに行くことを同意したことだった。


結局、ソスを大樹公の元へ連れて行くことに決まったのだが、目的地が遠く離れた孤島なので、物資の調達が不可欠であるという問題が浮上した。


しかし、お尋ね者となったレザラ達が近辺の港町へ寄ったところで、入港と同時に拘束されるのは目に見えている。


そこで、嘗てオルレイアの宰相を務めていたトーダは、山間にあるセナという村に立ち寄ることを提案した。セナ村なら抜け道を通れば一番早く到着でき、尚且つ田舎なので、指名手配情報も届いていないだろうとのことだった。


抜け道というのは、この鍾乳洞の地下川だ。


トーダ曰く、内部に小さな鬼穴が幾つか存在するため、大抵の人は地下川に近づくこともできず、地図にも載っていない。王国軍も山岳が連なるこの地域に上陸するとはよもや考えないだろうから、地下川から山を越えセナ村に行くべき、とのこと。


 賢君と名高い国王を殺したというトーダは、同郷の巫女の気配を察知し、助けるために成り行きで同船する破目に陥ったらしい。罪人扱いされても、未だオルレイアにいる理由を一切話す様子はなかったが、ソスだけではなく、当たり前のようにタポラもその助言を受け入れた。レザラも他に良い案が浮かばなかったので、否とは言わず、今に至る。


「ここが抜け道?」


タポラを連れて外に出て来たソスが、不安そうに声を発する。


ソスが以前、暗い所と狭い所は苦手だと言っていたが、鍾乳洞は予想に違わず暗くて狭かった。


尖った鍾乳石が頭上に広がり、中は薄暗く圧迫感がある。


丸く膨れ上がった歪な石筍などは、まるでお伽話の化け物のオブジェだ。


「下を見てみな」


レザラがソスの手を引いて船縁に近づくと、水面を撫でる。


「わぁぁぁーーー」


地下川は青く発光したように輝きを放っており、水中には無数の蒼い魚が泳いでいた。


光はこの魚から発せられたもので、魚はぼんやり青光を放っている。


優美な尾ひれを動かし、幻想的な光の軌跡を描く様は、ソスに恐怖を忘れさせる。


星雲魚(せいうんぎょ)といって、光を放つ蒼い鱗が夜空の星のように見えたからそう名づけられた。もともと亜熱帯地方の洞窟などで見られる魚だから、あまりこの辺りでは見かけない種だ」


様子を見に来たトーダが、ほぉっと頬を緩ませた。


「エンロヴァ山脈は熔洸石(ようこうせき)が産出されることで有名だ。おそらく、熱を発する熔洸石が海水温を上げているから生息しているのだろう。オルレイアでは希少価値のある魚だから、売れば高額がつく」


「それだけじゃないぞ。釣って食べても、この魚は美味いんだ」


船倉から釣竿を持ってきたレザラは、ソスを膝にのせて釣り糸を垂らす。


「綺麗なのに、食べるのですか?」


「美しいものも良いが、食に勝るものはない・・・・・おっ!」


ご機嫌に答えたレザラは、さっそく糸を引く感触に舌なめずりをする。

鼻息荒くふんっと気合を入れて釣り上げると、鍾乳洞内が蒼い光で一段と明るくなった。


「すっごーーーい!」


顔と同じ大きさの星雲魚を釣り針から外したレザラは、ソスに手渡す。


ソスは手の中で動く星雲魚を見つめて目を輝かせた。

隣のトーダもソスの幼い反応に、嬉しそうに目を細める。


 一方、タポラは我関せずといった様子で、舵を握って固まっている。

断固として船縁に近づきたくないらしい。


レザラはトーダと目が合ってしまい、「げっ」と叫び声を上げて目を擦ったが、想像していた痛みはこなかった。恐る恐るトーダの目を再度覗き込む。


「ん、んん?・・・・何ともない・・・・?」


紫水晶もかくやの瞳と目が合うと、大魔導師はふふっと小さく笑う。


「当時グラルの巫女だった母は次代の巫女となる少女に、己の目を継承させている。我が聖樹法を扱える理由は巫女の目と関係がなく、グラルと人間との間にできた子に起きる突然変異が理由だ。我は体内にマヴィを宿しているし、グラルと人間の半端もの。巫女のような莫大な力は持ち合わせておらん。例え力の源が目であっても、貴君に大した脅威は齎さなかったであろう」


「人間とグラルの子が禁忌とされる理由は、聖樹法を持つ子が生まれるから?」


探るように問うと、頓着せず答えが返ってくる。


「うむ、おそらくそうなのだろうな。マヴィで《砲光華弾(バンボルラ)》を放つと数人殺せる程度だが、同難度の聖樹法を使用すると、町を破壊するほどの威力が生まれる。半端者とはいえ、このような人間が増えればガディナの平和など守れん。グラルが忌み嫌うのも理解できる」


話を聞いていたソスは、同年代の子供よりも華奢な体を丸め、膝の上で項垂れているようだった。

 

 数匹の星雲魚を釣った後、米と水を入れた大釜に魚を放り込む。

続いて、碧筒(へきとう)から取り出した香草を入れて火をかけた。

炊き上がると皆で遅い昼食をとることになり、ソスは星雲魚の炊き込みご飯に歓声をあげ、タポラも辛気臭い顔を少し和らげた。


 船がようやく通れるほどの狭い地下川なので船足は自然と遅くなる。


静々中へ進むと、星雲魚や虫などの生物が減少していった。


 視界が暗くなり、船内にたくさんの《光蝶(シュベリオン)》が舞う中、ソスがピクリと突然肩を震わせた。

立ち上がったトーダは両手を突き出すと、船を囲む風壁を作る。

古代語で《ケイズ》と呼ばれる聖樹法で、マーヴよりも圧倒的な力の放流が船内で湧き起こる。


 間もなく赤黒い靄が漂ってきて、《ケイズ》がそれを阻んだ。


「普通なら何人もの魔導師が協力して作る強力な術を一人で作れるのか・・・・。これなら一人で鬼穴を通って、異界にも行けそうだな」


「むろん、行こうという意思があればいつでも両界を行き来できる。摩瘴気から身を守ることができる術として一番有名な聖樹法といえるのだろうな。おそらく巫女殿もこの術を一番初めに習得したことだろう」


「・・・はい。巫女は基本的に防御術などを始めに覚えるんです」


《ケイズ》で船内に摩瘴気が入ってこないが、脂汗が額に浮くほど胸のむかつく気配がする。


見ると、段差が重なって丘のようになった洞床に、拳ほどの穴が幾つも開いて、そこから魔瘴気が噴き出していた。神々の戦でできた大地の裂け目――鬼穴だ。


「・・・・あれは、魔人?」


理屈はわからないが、顔を覆う樹布(じゅふ)越しでもソスは前方が見えているようだった。


恐れを露わに胸を押さえ、一点を指さした先に――――それはいた。


 大きな鬼穴の近くに人型の摩鬼が、壁に縫い付けられるように剣で貫かれて絶命している。


絶叫しながら事切れた表情、胸から足にかけてはひどい火傷の痕がある。


太い腕には大きな紅玉の腕輪。

体を覆う贅沢な毛皮のマントは、宝石が散りばめられている。

身分が高い人間が魔人化したのだと一目でわかった。


「アルサス=ディル=オルレイア。あの魔人の名だ」


トーダが静かに告げる。


――賢君アルサス。町を歩けば人々が懐かしさと敬愛を込めて、その名を口にするのをよく耳にする。

その治世は平穏と繁栄に彩られていた。


・・・・そして、トーダが殺した国王の名だった。


「国王は魔人化したのか・・・・。だから殺した。そうなんだな」


「世界中で領土争いが激化し、グレゴリン大陸でもそれは例外ではなかった。アルサスは他国に侵略をすることを避け、国に平穏を齎したが、それは諸外国も同様だった。他国も国力を蓄えることに成功しただけではなく、水面下で諸外国同士が同盟を組み、オルレイア包囲網が完成しようとしていた。町や村では小さな小競合いが増え、その背後には隣国の思惑が常に潜んでいた。アルサスが、徐々に軍事面に力を入れるようになっていったのは、自然の成り行きだったのだろう。兵器の開発、武器生産工場を多く設け、技術者と研究者を集めた。しかし、問題になったのは他国同様、バインドバーストをいかに未然に防ぐかということだ。鉄を溶かすには大量の溶洸石を消費するが、溶洸石が発する排煙は大量の緑を枯らし、地中に眠る摩瘴気を呼び覚ます。草木を植えてもすぐに育つわけではない。当然、我はアルサスを諌めたが、現状を打開する方策が思いつかなかった。そこへ、アルサスにこう進言するものがいた」


一呼吸おいてトーダが口を開く。


「発生した摩瘴気を鬼穴へ流してしまえ・・・とな」


「そんな・・・・!」


「それをやったら裏側の世界とはいえ碧双界はどうなる・・・」


思わぬことに驚いて言葉が続かないソスとレザラにかわって、タポラが疑問を口にする。


「その悪知恵はクラビスですかね?」


トーダはそれに頷く。


「アルサスは我が思っている以上に追い詰められていたのだろう。奴の言葉を受け入れて、早速この鬼穴で実験を始めたようだった。我がそれをアルサスから聞かされたのは、実験が成功した後だった。成功を知らせるために、アルサス本人が私をここに連れてきた。そして、我はアルサスから話を聞くだけではなく、そのときクラビスに謀られたのだ・・・・」


トーダの潜めた声は怒りに震え、炯炯とした眼は過去を睨んでいた。


「実験は、熔洸石を溶かす装置に特殊なマーヴで加工したパイプ――【瘴気管】を連結させ、発生した摩瘴気を鬼穴へ流すといものだった。ある一定の深さから摩瘴気を流すと、逆流することなく摩瘴気は碧双界に流れる。我はそれを見てアルサスに苦言を呈し、何とかやめさせようと説得した。そのとき、アルサスも心動いたようだったのだ。しかし、謀ったように瘴気管に罅が入り、摩瘴気が噴き出した。我は何とか聖樹法で身を守ったが、吹き出し口の真横にいたアルサスは・・・魔人と化した。狙いすましたようにアルサスの近くの瘴気管が割れただけでなく、城に戻ればすぐに我は王殺しの罪人とされていた。そして、いち早く貴族会を招集し、王子の身柄を押さえて実権を握ったのはクラビスだった」


物言わぬ魔人の骸は、死ぬ前に焼かれるだけでなく、剣で突き刺されて苦痛の中絶命したことを物語っている。そして、それをやったのは、長年王を支えたトーダなのだろう。


魔人と戦ったことがあるレザラは、魔人の生命力、そして脅威の繁殖能力の高さを思い出す。

生半可な攻撃では絶命せず、首を落としても死なない。

後顧の憂いを絶つためには、情け容赦なく攻撃し、必ず殺さなければならない。

それが、嘗ての友であろうと。


「魔人になってしまえば、それはもう人間ではない。だから、そう辛気臭い顔をするな」


「そういえば・・・貴君はヴァビロンの生き残りだそうだな」


レザラはあからさまに嫌そうに顔を歪めた。


「アンタ、それを今ここで言うか?俺は子供の頃に何人の魔人を殺したかわからん。百や二百は超えているから、魔人を人間と勘定するなら、俺は大量虐殺犯も真っ青の大罪人だ。アンタが友を失くして後悔しているのも、クラビスを怒る理由もわからんでもないが、魔人は魔人、人間じゃない。終わったことを悔いる必要もないだろう。クラビスを早いこと裁いて、さっぱりすればいい」


「えらくばっさりした解答だね」


タポラがおかしそうに、にやにや笑う。


トーダは「そうだな・・・」と淡く笑みを浮かべた。

運命の悪戯なのか、巫女を助けて移動した先に思い出したくもない友を殺した地を通ることになるとはトーだも思っていなかったらしい。

無表情の中に、苦悶と侘しさがその瞳に揺れていた・・・・が、そこでふと、何か気づいたようで、トーダはレザラを凝視する。


渋面と困惑が表れた顔は、実に子供らしからぬほど引きつっていた。


「戦士の国ヴァビロンの民よ・・・・一つ聞いても良いか?貴君はディーブス准将が気がかりだからここに残ると言っておったが、具体的に何をするつもりなのだ?」


それには呆れたようにレザラは嘆息する。


「まさか、デヴィをただ見守って、気持ちの整理がついたら別れるだけだと思っていたのか。本当に噂通りの悪党に成り下がっていたのなら、殺すしかない。摩瘴気を利用しようとするクラビスの下にいるなら尚更だ。デヴィがあぁなったのは、俺が小さいデヴィを一人にさせちまったのが原因だ。だからこそ、俺がその責任を取らなければならない。幼馴染でも、道を誤った者は粛清する。それがヴァビロンの教えだ」


レザラは表情を消したまま、太刀に視線をやった。

伏し目がちの瞳の奥は、静かな激情を湛えて揺れている。


興奮している夕霧を宥めるように撫でたレザラの目には、いつもどおり穏やかな光が戻った。


固唾を呑むように見守っていたタポラ以外の二人は、それを見てそっと安堵したように胸を撫で下ろした。


 トーダの傍らで緑色の閃光が光り、一斉に皆の視線がそちらに注がれる。


すると、ソスの双眸が淡く光り、顔の樹布がふわりと浮いた。


「せめて王を人間に戻しましょう。このままだと悲しいです」


ソスが胸元に手をそえて腕を開くと、ソスの胸から白い鳥が表れてアルサス王だった魔人の胸へ吸い込まれていった。


白光した魔人は人の姿へ戻り、峻厳な顔立ちの国王が姿を取り戻した。


それを見たトーダは船を飛び降り、アルサス王の亡骸に駆け寄る。


――――まさに奇跡。


嘗ての友を抱いて戻ってきたトーダは、余っていた帆布で死体をくるみ、「この国の土に埋めてやりたい」とそっと呟いた。


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