月夜の監獄破り5
レザラは腰の剣を無意識に握り、異様な存在感を放つ封印を見つめた。
その間にも、こちらに向かってくる気配が近づく。
《光蝶》がくるくるレザラを急き立てるように螺旋を描いて舞う。
「その腰の剣。強烈な殺気を放っているね・・・恐ろしいくらい」
タポラがまるで催促するかのように、意味あり気に笑う。
レザラは無表情に夕霧に視線を落とし、鞘からそれを抜き放った。
オルレイアの剣よりも、細く長い形状をしている。
アンバル・・・祖国でいう魔導師の父親から託された業物だ。
そして、この刀をより特別なものに変えた理由は、人や動物問わずあらゆる生命をこの太刀で切り刻んだことにある。
レザラは忘れもしない某日を思い、静かに目を閉じる。
何人、何百人と切って摩瘴気を吸収した太刀は刃こぼれ一つせず、岩や鉄でも切る化け物刀となった。
「その剣からは、激烈なマヴィを感じるよ。武器が摩鬼化しているのを見るのは初めてだ」
「ふん、初めからこれが目当てで俺に近づいたんだろうに」
太刀、夕霧の獣のような荒々しい脈動を宥めるように握り直すと、封印に向かって一閃した。
真紅の剣圧が封印に直撃し、浮かび上がる文字を蹴散らすようにジワジワ壁を破壊していく。
念じるように赤い目で壁を睨みつけていたレザラは、会心の笑みを浮かべた。
軽く放電したように小爆発が起こり、封印のマーヴは霧散する。
レザラは錠を剣で叩き壊すと、足で扉を蹴り飛ばした。
「なんだ・・・これは・・・・」
紫の呪が無機質な石壁にびっしり書かれており、その独房の中央に小さな影が蹲っていた。
少女と思われる影の周りには縄がはられ、札が複数貼りつけられている。
少女の顔は封印文字が書かれた白い布で隠されており、木漏れ日を映したような印象的な緑の目が布の隙間から一瞬見えた。
人間に対するものだとは思えぬ扱いに、レザラの顔は厳しくなる。
粗末な服から伸びた細い足には鉄球がつけられ、小さな手は微かに震えている。
「ご無事でしたか」
タポラは急いで少女に駆け寄る。
「・・・この気配・・・緑化人さん?」
「えぇ、そうです。大樹公が貴女にお会いしたいとおっしゃられましてね」
「怪しいものではないですよ」と、タポラは嘘くさいほど腰を折って礼をしてみせる。
「私はタポラ=ティエラ。こっちの物騒な人はレザラ=バキンスといって、貴女の逃走を手助けしてくれる私の相棒です」
と、ウィンク一つ。
レザラは身震いしそうになったが、レザラは外の気配に気づいて叫んだ。
「自己紹介は後だ。突破するぞ」
黒い面をした牢獄番が、《砲光華弾》をこちらに放ってくるのと同時だった。
さすがに相手は自己紹介するような礼儀正しさを持ち合わせていない。
こちらが気づかない内に仕留めるつもりだったのだろう。
人数は四人。
見回り中の看守とは思えない。
腕に覚えのある尋問係とみていいだろう。
始めから気づいていたならこの人数で来るとは考えられないため、囚人に尋問するために足を運んで、レザラ達を発見したのだろう。
レザラは光の玉を太刀で切り払うと、尋問係の一人に間合いを詰めて切り伏せた。
前方から突き出された槍を、切った男の体で防ぐ。
絶命した男をもう一人に投げつけ踵落としをお見舞いした後、三人目は鎌鼬のような剣圧で吹っ飛ばす。
あっという間に三人を片付けたレザラだったが、四人目は旗色悪しと踵を返して逃げ出した。
逃げながら何もない壁にむかって拳ほどの爆弾を放ち、壁に風穴をあける。
強烈な破壊音がして爆風が内部に吹き抜けた。
「しまった」
舌打ちしたレザラは急いで、爆弾を放った尋問係を切りつけたが、一足遅かった。
――――――カァンカァ・・・ンと、変事を知らせる甲高い鐘の音が街中に鳴り響く。
これで間違いなく、監獄内だけではなくドーヴァの私軍、そしてディーブスの駐屯軍に緊急を知らせることになった。
「こうなったら、一刻も早く海路から逃げよう。軍人がうろうろする街からは逃げられ――」
タポラが言い終わるのを待たず、外壁が粉砕される。外から砲弾が飛んできたのだ。
崩れた足場から飛び退いたレザラは、瓦礫から顔を庇い、一定の距離をとる。
砲弾の軌道にいた囚人は、見るも無残に潰されている。
開けた壁から外の様子を窺うと、武器を持った兵士が集まり、今まさに、魔導師が攻撃をしかけてくる様子。
砲弾が何発も飛んできては、塔を破壊していく。
囚人、ともすれば看守の命さえ一切気にしていない容赦のない攻撃で、階下に繋がる廊下も崩されていた。