表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

いつかは自分も人を殺めるのか

 

 

「よう、新入り」

 かけた声に向いた顔は、蒼白だった。

 がちがち噛み鳴らされる歯と、大きすぎる迷彩服を掴み瘧のように震える手が、なによりも如実に恐怖を表している。

「怖いか」

「は、はい・・・」

 蚊の鳴くような返事。

「なにが怖い」

 言って、これでは詰問だと苦笑う。

「別に怒ってるわけじゃない。ただ聞いてるだけだ。何が怖いと思ってるんだ?」

 小屋の隅にうずくまる野兎のような鳶色の目が、おどおどと地面を走る。

「じ、自分も、ひ、人を、ころ、殺すのか、か、と・・・」

 呂律の廻らない口で、ようよう答える。

 その手には、錆が浮き血痕の染みついた銃。

 それを見やって、ち、と舌を打った。

「支給品か」

「は、はい。き、昨日、配属の、と、ときに・・・」

 前線の兵士は始終入れ替わる。

 ベテランも新兵も、砲弾を食らえば同じことだ。

 人間は死ぬが、銃器は案外無傷で残ったりする。

 それを回収して、次の補充に充てることなど、いくらでもある。

 死んだ者の武器。

 無言で、担いでいたライフルを肩から外した。

「こいつを持っていけ」

「え?」

「それは俺が預かるさ」

「でで、でも・・・」

「錆がでてるな。ろくに手入れもしてないような銃じゃ、役には立たん。俺のも古いが、よく使いこんであるから少しはマシだろう。気にするな」

 声もない相手の腕から薄汚れた銃を取り上げ、自分のものを押し付ける。

「使い方はわかるな?」

「は、はい・・・はい、ありがとうございます!」

 飛び上がって敬礼するのに構わず、片手を上げて詰め所に戻る。

 軋む椅子に腰掛け、ゆっくりと銃の錆を落としていく。

 所々歪んだ銃身。

 赤黒く染まった握り。

 幾人の兵士が、この銃を持ったのだろう。

 そして、死んだのだろう。

「・・・すまねぇな・・・」

 自分が生きているのは、ただの偶然。

 6桁7桁の数字でしかない、たかが一兵卒。

 そのマイナスの欄に、まだ入っていないだけのことだ。

 生き残った自分の横で、頭を吹き飛ばされた同輩。

 半身をひきちぎられて哭く戦友に、目を背け謝りながら逃げた。

 次が自分の番だと慄きながら目覚める毎日。

 いつかそんな痛みも感じなくなっていた。

「自分も、人を、殺すのか・・・か」

 ざり、と不快な感覚が指先を撫でる。

 硬くこびりついた錆は、容易に落ちない。

「本当に怖いのは」

 一人ごちる。

「いつまで生きていられるか、だ」

 血の匂いに麻痺して、武器の重みに慣れ、ばらばらの肉片に無感動になっていく。

 それは、動いているだけの死人。

 そのうち心臓が止まるのは、予定調和のうちだ。

 太い息をついて、目を閉じた。


「軍曹のお名前が入っておりましたので、もしやと」

 形式通りに渡されたライフルを、黙って受け取った。

「・・・持っていた奴は」

「は、新規配属の兵士でしたが、頭部を破砕され即死でした」

 しかつめらしく敬礼を残して踵を返すのを、憮然と見送る。


 手元に帰ってきたライフルには、染み一つなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ