いつかは自分も人を殺めるのか
「よう、新入り」
かけた声に向いた顔は、蒼白だった。
がちがち噛み鳴らされる歯と、大きすぎる迷彩服を掴み瘧のように震える手が、なによりも如実に恐怖を表している。
「怖いか」
「は、はい・・・」
蚊の鳴くような返事。
「なにが怖い」
言って、これでは詰問だと苦笑う。
「別に怒ってるわけじゃない。ただ聞いてるだけだ。何が怖いと思ってるんだ?」
小屋の隅にうずくまる野兎のような鳶色の目が、おどおどと地面を走る。
「じ、自分も、ひ、人を、ころ、殺すのか、か、と・・・」
呂律の廻らない口で、ようよう答える。
その手には、錆が浮き血痕の染みついた銃。
それを見やって、ち、と舌を打った。
「支給品か」
「は、はい。き、昨日、配属の、と、ときに・・・」
前線の兵士は始終入れ替わる。
ベテランも新兵も、砲弾を食らえば同じことだ。
人間は死ぬが、銃器は案外無傷で残ったりする。
それを回収して、次の補充に充てることなど、いくらでもある。
死んだ者の武器。
無言で、担いでいたライフルを肩から外した。
「こいつを持っていけ」
「え?」
「それは俺が預かるさ」
「でで、でも・・・」
「錆がでてるな。ろくに手入れもしてないような銃じゃ、役には立たん。俺のも古いが、よく使いこんであるから少しはマシだろう。気にするな」
声もない相手の腕から薄汚れた銃を取り上げ、自分のものを押し付ける。
「使い方はわかるな?」
「は、はい・・・はい、ありがとうございます!」
飛び上がって敬礼するのに構わず、片手を上げて詰め所に戻る。
軋む椅子に腰掛け、ゆっくりと銃の錆を落としていく。
所々歪んだ銃身。
赤黒く染まった握り。
幾人の兵士が、この銃を持ったのだろう。
そして、死んだのだろう。
「・・・すまねぇな・・・」
自分が生きているのは、ただの偶然。
6桁7桁の数字でしかない、たかが一兵卒。
そのマイナスの欄に、まだ入っていないだけのことだ。
生き残った自分の横で、頭を吹き飛ばされた同輩。
半身をひきちぎられて哭く戦友に、目を背け謝りながら逃げた。
次が自分の番だと慄きながら目覚める毎日。
いつかそんな痛みも感じなくなっていた。
「自分も、人を、殺すのか・・・か」
ざり、と不快な感覚が指先を撫でる。
硬くこびりついた錆は、容易に落ちない。
「本当に怖いのは」
一人ごちる。
「いつまで生きていられるか、だ」
血の匂いに麻痺して、武器の重みに慣れ、ばらばらの肉片に無感動になっていく。
それは、動いているだけの死人。
そのうち心臓が止まるのは、予定調和のうちだ。
太い息をついて、目を閉じた。
「軍曹のお名前が入っておりましたので、もしやと」
形式通りに渡されたライフルを、黙って受け取った。
「・・・持っていた奴は」
「は、新規配属の兵士でしたが、頭部を破砕され即死でした」
しかつめらしく敬礼を残して踵を返すのを、憮然と見送る。
手元に帰ってきたライフルには、染み一つなかった。