「ねぇ、どうしてなんだろう」
見渡す限り、乾いた砂が広がっていた。
さくり、さくりと足裏を食む音は、小一時間続いている。
耳に響くような沈黙を、砂の音色だけが遮っていた。
さくり、さくり。
さくり、さくり。
一定に刻まれる調子は、止まることも早まることもない。
さくり、さくり。
さくり、さくり。
砂の海に時折浮かぶ人骨や、苦悶の皮を張りつけたままの死体にも、足が泳ぐことはなかった。
------帰ろうね
------あの村に、帰ろうねぇ
繰り返し、繰り返し紡がれた睦言。
------めでたしめでたしでおわる昔話みたいに、幸せに暮らそうね
指先から手首へ、肘へ、短くなって行った腕。
爪をはがれ、足首を断たれ、膝まで切り落とされた、異様な姿。
耳を削ぎ、顎を割り、背骨を砕かれた挙句、煮えた油に突き落とされた、その最後まで。
痛みも苦しみも、感じていないかのようだった。
ただ帰ろう、帰ろうと微笑みつづけ、拷問吏を慄かせた。
異教徒め、狂者めと甲高い声がするたびに、鞭の傷は増え、肉に刺さる釘の数が増す、叫喚の闇。
そのなかで微笑む姿は、神々しいよりも戦慄を伴った。
------もう春だもの。きっと、一面花畑だよ
そう夢見るように笑う。
みしみしと冷える石洞で、時間すらままならないのに。
恭順を誓い慈悲を乞う者にも容赦のない拷問吏が、その微笑に怯え吐いた。
悪魔が憑いておるのだ。魔物に違いない。
叫ぶ声。
腐敗してきた背を打つ焼けた鉄が、鼻の曲がるような悪臭を立ち上らせる。
------かえ、ろう、ねぇ
末期の声は、煮え滾る油に溺れて消えた。
踊る若葉。
跳ねる清水。
子供たちが舞い、大人が歌う。
この光景がどこまでもつづいていくのだと、信じて疑わなかった。
あの日まで。
馬蹄の唸り。
弓弦の悲鳴。
闇に浮かび上がる、淡白な具象。
燃えさかる家々を背景に、つながれ引きたてられる人々の姿。
そのなかに混じる、自分。
燦燦と降り注ぐ日の光が、白い紗幕のように視界を覆う。
喜びも、感謝も。
哀惜も、悔恨も。
なにひとつ、ない。
焼け落ちた梁。
燃え残った人形。
黒く乾き、ひびの入った土。
そよとも吹かない風は、腐臭すら動かしてはくれない。
なにも動く影のない、真昼だった。
「な、ぜ」
ぽつりと落ちた言葉には、なんの色もない。
「こんな、こと、に・・・」
かすり、と、乾いた音が、少年の体を受け止めた。