まるであの頃が夢だったように
壁際に、うすぼんやりと目を開いたまま、身動ぎ一つしない子供が座っている。
生気の失せた頬は頬骨が浮き、投げ出したままの足は細く歪んで。
傍らにつくねんと転がっているくまのぬいぐるみは、たしか三歳の祝いに買ってやったものだった。
自分の背丈ほどもあるおおきな玩具に、揃いの真っ赤なリボンで蝶ネクタイをかけてやって、たいそう御機嫌だった。
昼も夜も傍において、何をするのも一緒。
風呂にまで持ちこもうとした時はさすがに止めたけれど、あとはどこにでも連れて歩いた。
茶色の毛は泥とそれ以外に汚れて色褪せ、そこここが綻びて、かつての可愛らしさは見る影もない。
それをかかえてはしゃいでいた子供も。
視界は灰色だった。
なにもかもが色を失って、まるで干上がってしまったよう。
泣くも笑うもなく、ただ呆然と座り込んでいるだけ。
轟音も、金属音も、悲鳴さえ。
ここにいる者たちのなにかを動かすことは出来ない。
あんなにも。
世界は輝いていたのに。
この世で一番、幸せだと。
信じて疑わなかった日々。
空気を揺らす吐息すらなく。
紙の上に描かれた絵のように、ここは静まりかえっていた。