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もう音の出ないピアノ
ア、と低い音。
震えるような微かな吐息は、次第に強く、高くなっていく。
ア、ア、ア、ア、ア、
ひとつひとつ、丁寧に音を拾って。
キィを叩くように。
体の奥から湧き出るように。
伸びやかに澄んで空へ放たれた音階は、風に乗ってさらに舞いあがる。
蒼穹は、細い両手を広げてもなお余るほど広く、目に染み入るように美しかった。
高く高く。
突き上げるような衝動や、爆発するような感情を、すべて音に昇華させて。
天蓋の果てめがけて問い掛けられた旋律は、うねる大気そのものとなって大地を駆け巡る。
足元には腐った肉。
濁り溜まるのは汚水と重油。
視界を埋める屍と、黒焦げた無機物の残骸。
その上を、陽光と共に声が踊る。
鳥よりも高く、蝶よりも軽やかに。
息の根が止まるまで。
歌声はただ、響き続けた。