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珈琲屋さん  作者: 文月
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【七夕に行こう】

 水色を基調に赤い金魚が泳ぐ浴衣を着た綾瀬と、深い蒼色の甚平を着た御子柴は、河原沿いを歩いていた。

 周りには、さすがに祭りということもあり親子連れやカップルなどが多く見られた。

「それにしても、キミがそんなに甚平(じんべい)が似合うなんて知らなかったよ」


「キミも案外浴衣が似合っているじゃないか。馬子にも衣装というやつかい?」


「御子柴。それ、馬鹿にしてるでしょ」


 御子柴はいつも一言余計だ。

 そのまま後の言葉を言わなければ、当たり障りのない会話になるというのに。

 だが、それが御子柴らしさでもあった。


「福引、後にする?それとも今行っちゃう?」


「キミの好きな時にするといいさ。僕は福引に興味はないからね」


「ふーん。じゃ今行こうよ。夜には川に明かりを入れた風船みたいなものに短冊を付けて流すイベントがあるって言ってたから」


「随分と面倒なイベントをやるんだな」


 後で回収が面倒だろう、と付け加える御子柴に綾瀬は苦笑した。


「キミは彼女ができないタイプだね」


「キミも彼氏ができないタイプだ」


 ああ言えばこう言う、いつも通りの会話だ。

 むっとすることも多いが、やはりこれが一番いい距離感なのかもしれない。


「御子柴はなにが当たった?」

 自分の分の福引を終えた綾瀬は、早々に引き終えた御子柴に戦利品の有無を確認した。

 自分より価値があるものが当たっていたら悔しい。


「コーヒーメイカー」


「なんでコーヒーメイカーなんてあるのよ……」


 実につまらなそうに御子柴は答える。確かに福引の景品で出されても嬉しくはないだろう。


「そんなこと僕が知るか。それで、キミは?」


「私は屋台で使える引換券」


「実用的でいいじゃないか」


 商品の価値的には負けたが、この場での実用性では彼が言うように勝ってはいるが、総合的には負けている気がしなくもない。ちょっと悔しかった。



 夜を迎え、本日最大のイベントを迎えようとしていた。

 土曜、日曜の二日間に渡って行われるこの七夕は、一日目に花火を打ち上げ、二日目には短冊流しを行うことになっている。


「綺麗……」


「そうだな」


 午前中に歩いていた川沿いに戻ってきた二人は、目の前に広がる幻想的な光景に息を呑んだ。赤、緑、青、と様々な光を放つ短冊がいくつも流れていく。薄暗くなっている川に

それらの光が反射し、溶け合い、その度に見え方が異なっていく。

 思わず立ち止まって魅入ってしまう。


「ねえ御子柴、もう少し先まで行ってみようよ」


 甚平の袖を引っ張り、綾瀬は先へと進んでいく。

 いつもなら、何かしらの言葉があってもいいのだが、今回は珍しく何も言われることはなかった。さすがの彼もこの光景は見ていたかったのだろう。



「ここで終わりみたいだね」


 名残惜しそうに目の前を流れていく短冊を綾瀬は眺めていた。


「そうだな」


 どんどんと遠くに行ってしまう短冊たちを御子柴も眺めつつ同調する。


「花火、見たかったね」


 川に備え付けられている柵に寄りかかりながら綾瀬はぽつりと呟いた。


「花火は、昨日店で見ただろう」


 なぜこのタイミングで言うのか、御子柴は意味が分からないといった様子でそう返した。


「そうじゃなくて、この場所で見れたらなってこと」


「来年はここで見ればいいじゃないか」


「その時キミはいる?」


「キミが僕の店の従業員であるのなら、僕もいるだろうね」


 同じように手すりに寄りかかりながら御子柴は綾瀬の方を向かずに言う。


「ねえ御子柴、私がもしお店を辞めちゃったら。やっぱりキミは悲しい?」


「キミは僕の店の大切な従業員なんだ。店が潰れるまで、働いてもらう予定だよ」


「私だってキミのお店、気に入っているんだから。潰れたらいやだよ」

 いたずらっぽく笑いながら綾瀬は御子柴の脇を突いた。

 これで手打ちとは言われたが、異性に脇腹を触られたことは中々忘れられない記憶だ。


「ふわぁ……。まあ、キミがいれば、潰れる心配はないさ」


 そこであくびをしなければ、それなりにいい台詞だったのに、と落胆しつつも綾瀬は笑う。

 これが、珈琲屋さんの店長、御子柴集という男なのだ。


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