【新商品を開発しよう】
積み重なるは皿、皿、皿、そして綾瀬。
「御子柴、もう、これ以上は……」
綾瀬は辛そうな表情でそう懇願した。
「ふん、もうへばったのかい?」
いきいきとした御子柴とは対照的に綾瀬は、ぐったりとテーブルにひれ伏し、恨めしそうに御子柴を睨むその目には力がなかった。
「まあいい、キミの意見は十分に聞けた」
勝ち誇るかのようにすとんとフォークでフルーツタルトを一口大に切り、口へと運んだ。
「ねえ、もしかしなくてもキミって、ドS?」
「さあな?」
ふふんと上機嫌な御子柴の姿を見れば、綾瀬の質問など意味はなかった。
その日は、珍しく朝から御子柴が行動的だった。
疑問を抱いた綾瀬は、何気なく近づき尋ねてみると、新商品を作っていると返ってきたのだ。
普段はだらだらとしているくせに、こういった商品開発は好きなようで、以前綾瀬はブレンドコーヒーの黄金比探しを手伝ったことがあった。
「へえ、それじゃあこれは試作品?」
御子柴のお気に入りのカウンターには、見た目も鮮やかな数々の試作品たちが乗っており。どれもおいしそうだ。
「ああ、なんなら、味見してみるか?」
「うん、じゃあいただこうかな」
一瞬、御子柴がにやりと笑った気がした。
そしてこれがちょっとした罠なのだと、この時の綾瀬はまだ気づいてはいなかった。
「うぅ……。これ絶対明日太ってる……」
御子柴の作っていた新商品は、スウィーツの類だった。
思った以上に食べやすい控えめな甘さと、それとなく置かれていたコーヒーのせいでつい食べ過ぎてしまったのだ。
それにしても手先の器用な男だ。そのことを改めて思い知らされた。
「そんなに変わらないだろ」
項垂れる綾瀬に近付き、御子柴は、むにっと彼女の脇腹を摘まみ「寧ろ丁度いいじゃないか」と呟いた。
「ちょ!?変態、スケベ、セクハラ、責任とれ!!」
「何をそんなに怒る、確認してやっただけだろうに」
顔を真っ赤にした綾瀬にかかとで足を思いっきり踏まれ、痛がりながらも御子柴は訳が分からないといった様子で抗議の意を示したが、これは彼女が叫んだ通り、立派なセクハラである。
「……まあ、これでも飲んで落ち着け」
すっかりへそを曲げてしまった綾瀬に、御子柴はやれやれといった様子でアイスコーヒーを淹れ、手渡した。
「……これも新商品?」
受け取り、疑うような視線をアイスコーヒーと御子柴へと交互に送った
「これは違う」
「ふーん……」
ちらちら御子柴を見ながら綾瀬は、むすっとした表情を崩すことなくコーヒーを啜った。
「……おいしい……」
悔しげにそっと呟く綾瀬を尻目に、御子柴は使ったお皿を流しへと運んで行った。
ちりん、と馴染みに来客を告げるベルが鳴り、入店してきたのは常連客である高杉であった。
「おやおや~?これは一悶着でもあったのかな~?」
来店して早々に店内にいつもと違う空気を感じたのか、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべ始めた。
「ふむふむ、おじさんが察するに、御子柴君がついに綾瀬ちゃんの魅力に耐え切れなくなって襲っちゃったとか?」
「……あながち間違ってない……」
「やっぱりね~。うんうん、わかるよ御子柴君。こんなに可愛い綾瀬ちゃんだもの。許されるなら僕がお嫁にもらいたいよ」
「高杉さん、冗談が上手ですね」
高杉の言葉に綾瀬は力なく笑って見せた。
「いやいや僕は本気だよ、綾瀬ちゃん」
「なんだ、キミたちの頭も夏仕様なのか?」
面倒そうな視線を二人に向けた御子柴は、高杉にも同じようにアイスコーヒーを出した。
「そんなこと言っちゃってー。照れ隠しなんだろ?おじさんには分かるよ」
にやにやと笑い、高杉は御子柴の脇腹を小突いた。
「あ、そうだ、夏と言えば祭りだよね、やっぱり。そこで、ここに夏祭りの福引券が丁度二人分あるから、二人で一緒に行ってみたらどうだい?」
わざとらしく手をポンと叩き、高杉は懐からおみくじ券と書かれた紙を取り出した。
「高杉さんは行かないんですか?」
「僕は家内とのんびり花火を見るからねぇ。福引とは無縁なのさ」
「でも……」
渋る綾瀬に高杉はそっと近づき、こう耳打ちした。
「たまにはこういうのだっていいと思うんだ。それに綾瀬ちゃんと御子柴君の仲が悪いのは見たくないな」
にっこりと笑い、僕は応援しているよ。と付け加えた。
「でも、本当にいいんですか?」
「もちろんさ、御子柴君、行ってくれるよね」
「店が休みなら行ってあげてもいいがな」
ちらりとカレンダーに目線を向け、お祭りの日が営業日なのだということを示した。
つまり、僕は行かないよ、と間接的に表したのだ。
「つれない男だね、キミは。綾瀬ちゃんの浴衣姿見たくないのかい?」
「え、でも私、浴衣なんて持ってないですよ」
「僕の娘のお古でいいのなら、貸してあげられるよ」
「そんなに僕とこいつを一緒に祭りいかせたいのか」
理解に苦しむといった表情を作った御子柴に、高杉はぐっと近づくと、肩を組んで綾瀬に背を向けた。
「なんだい御子柴君、キミだって綾瀬ちゃんを嫌ってはいないだろう?一緒に行ってあげたらどうだい」
「なぜ僕があいつと一緒に店を休んでまで祭りごときに行かないといけないんだ?」
「息抜きだと思っていっておいでよ。どうせキミのことだ、綾瀬ちゃんに任せっきりなところがあるんだろう。普段の感謝の気持ちを込めて、とまでは言わないけどね。彼女だって女性なんだよ?」
言ってる意味はわかるよね、とウィンクまでしてよこした。
「……どうあっても僕をあいつと祭りに行かせる気だな」
「ほら、見てごらん。綾瀬ちゃんがとっても嬉しそうにしているよ。キミと一緒に行けばもっと嬉しそうな表情を見せてくれるんじゃないかなー?」
おどけるような口調で続ける高杉に、御子柴は付き合いきれない、と手でその動きを制した。
「この際だから、はっきりとさせておくけど、僕はあいつを気にしてなんかいない。しいて言えば、あいつは僕の店の大切な従業員だ」
「……キミも素直じゃないね」
高杉が落胆の溜息をこぼしていると、綾瀬が券を高杉へと返すために差し出してきた。
「高杉さん、大丈夫です。それにこれは御子柴の方が正しいです。店を休んでまで遊ぶなんて、どうかしてます」
そういい綾瀬は目を伏せた。「あー、泣かせたー」と高杉のわざとらしい煽りが気に食わなかったが、先ほどのこともあるため、御子柴は一つ溜息を吐き、寝癖だらけの頭をがりがりと掻きこう切り出した。
「……まったく。日曜だ、その日なら店を休みにしてもいい」
「無理して休まなくたっていいんだよ。御子柴」
「これでさっきのは手打ちだ」
「――!!そうね、責任は取ってもらうからね、御子柴」
「それじゃ、僕は行くとするかな。さっきのコーヒー代はここに置いておくよ」
「また、いらしてくださいねー!!」
そう言って店を出る高杉に綾瀬はぺこりとお辞儀をした。