第二十九話:円周率とあたたかい目
『放課後、裏庭に来てください』
僕は秋庭さんに、そう言った。
*
うわ――!
何言っちゃったんだ、自分は。しかも、よりによって朝に。これじゃ放課後まで一日中気まずくなるじゃないか。せめて終礼の直前とかにしとけば良かった。
「か、み、し、ろ、クンっ」
「坂下……」
鳥肌たったぞ、今の声。
坂下は満面の笑顔を浮かべていた。
「何だその顔……」
「あたたかい目」
お前らはドラ○もんか?
大河内がぽん、と僕の肩に手を置いてくる。
「お前の雄姿はしかと見届けたぞ!」
「の○太クン、頑張れ」
誰がの○太だ誰が! ……じゃなくて、見られてた――!?
「放課後、うらに……がはあっ!」
僕は人生最速の動きで坂下にヘッドロックをかけた。
「何かな坂下君? 何を言おうとしてるのかな? 返答によっちゃ永遠の眠りに……」
「まて上城! 話せばわかる!」
「坂下、僕の記憶力にかけて君の事は忘れない……円周率の様に無限の馬鹿パワーを持っていた君を……」
「何を言ってる大河内ぃぃいい!」
坂下が叫ぶ。僕は腕に力を入れた。
「ギブギブ! 今まさにデッドオアアライブ!」
何かホントにやばそうだったので一端離した。ガホッと坂下が咳き込む。
「でもさ、もうこれ以上恥ずかしい事はないだろ?」
大河内がにやりと笑う。
確かに、告白予告を友人に聞かれる以上に恥ずかしい事なんて、そうはないだろうけども。
「だから大丈夫だよ。落ち着いて告白出来るさ」
「……」
「俺たちは陰ながら見守ってるぜ!」
見守るな。
*
刻一刻と、時間は過ぎていく。それなのに、今日という日は今までで一番長く思えた。
「蓮」
「遙……」
「坂下に聞いたよ」
おのれ、坂下。
うつ向いている遙の表情は読み取れない。あれから、何となく気まずくなってしまった。
お互い口を開かないまま、その場はしばらく沈黙に支配される。
「あのさ」
「あのね」
しまった、ハモった。
遙は吹き出す。
「あははっ先にいいよ」
「えっと……頑張るよ」
もっとましな事は言えないのか自分。
けれど、遙は笑顔を浮かべた。
「頑張れ、上城 蓮!」
ばしん、と遙は背中を 叩く。
「あたしも、頑張るから。あたしの好きな、秋庭さんに恋してる頑張り屋の蓮でいて」
「……うん」
ありがとう、遙。
「終礼始めるよー!」
先生の声。
進み出す時計は時間の到来を告げる。
放課後は、すぐそこ。