第二十五・五話:放課後の廊下と紅葉の葉
遙視点です。
「……っ」
全部、言った。
これで完全玉砕だ。
「小野寺?」
「坂下……」
呼ばれて振り返ると、坂下がいた。
「わっ、どうした!? 泣いて……」
「蓮に、言ったの」
あたしは坂下の言葉を途中で遮った。
「蓮に言ったんだ。『好きだった』って。見事に駄目だったけどね」
「そうか……」
「でも大丈夫。わかってたから。だって、ずっと幼馴染やってたんだもん。あいつがどんな反応するかなんて、手に取るようにわかるわよ」
「だったら、なんで」
本当は大丈夫じゃなかった。
蓮がなんて言うのかはわかってたけど、予測するのと、実際に蓮からそれを聞くのとでは、大分違うから。
でも。
「決着を、付けたかったんだ」
「決着?」
坂下は訝る。
あたしは頷いた。
「七年前の明日が、蓮のお母さんの命日、っていうのは知ってるよね? これは一種の呪いなんだ。その時にかけられた」
それは、事故だった。
けれど、蓮はそれを自分の所為にしてしまった。それが、事の発端。
「蓮は、人を『好き』になれないという呪いを。あたしには、蓮のことを好きだと思い込むという呪いを」
窓の外には、見事な紅葉が広がっている。
あの子の名前と同じ、秋の庭の紅葉……。
それを見ていると、ちくりと、胸が痛んだ。
「でも、秋庭さんに会って、蓮の『呪い』は解けたから。だから、あたしだけ呪われてるわけにはいかなかった」
だから、自分で『呪い』を解く事にした。
あたしは、蓮を好きだと思い込んでた。
だけど、今は……――。
「本当に、好きなんだけどな」
気づいたときにはもう遅かった。
それもその筈だ。秋庭さんに恋をした蓮が、秋庭さんのおかげで変わった蓮を好きになったんだから。
「……」
坂下は、珍しく静かだ。
「こら、真面目になるな。あんたは馬鹿やってんのが取り柄なんだから、もっと騒がしくお茶らけてなさい」
「……」
それでも、坂下は黙ったままだった。
普段騒がしいだけに、静かだと調子が狂う。
紅葉の葉が、ゆっくりと地に寄せられる。
無音の廊下に、ざあ、と風の音が揺れた。
秋の庭は綺麗で、舞い散る葉が何処か切ない。
――どうか。
その紅葉を見ながら、想う。
どうか彼が幸せになれますように。
近くに行く事が出来なかったあたしは、せめて遠くからあいつの幸せを願おう。
ものすごく不器用な、二人の幸せを……。
さよなら、あたしの恋。
「う……」
じわり、と目が潤んだ。
「小野寺!?」
「うあああああ」
あたしは泣き続ける。
子供みたいに、みっともない位の大声で。
子供みたいに、みっともない位の大声で。 この恋は、すごく苦しかった。
でも、終わりもやっぱり、苦しい。
泣く度、胸の奥がずきりと痛む。
――今度はもっと、楽しい恋がしたいな。
一緒に笑い合えるような。
坂下は何も口を挟む事なく、あたしの側にいてくれた。
変に慰められるより、その方がずっといい。
「ありがと、坂下。もう大丈夫」
あたしは下ろしていた鞄を掴み、玄関へ向かう。
「小野寺!」
「?」
「こんな時に言うのって反則かもしれないけどさ……」
放課後の薄暗がりから覗く坂下の顔は、どこか赤い。まるで、紅葉のように。
「俺、ずっとお前が」
ざあ。風が鳴る。
――今度は、楽しい恋がしたいな。