第二十三話:半年とひかちくふさ
休み明け、天気は雨。
坂下と大河内の雨乞いが成功したのだろうか……。
「やったー!雨だ!」
「残念だな、テストは雨天決行なんだよ」
「え」
まさか、本気で雨天延期になると思ってたんじゃあるまいな。
「にしても、今回全然勉強してない……」
本当にまったく、全然。
勉強どころじゃなかったんだよ。秋庭さんの家で勉強会したり、何処が好き?なんて訊かれたり、挙句の果てにOKもらったり……。
「ようするに、浮かれてたんだね、君は」
「うわっ!」
やれやれ、と大河内が首を振る。
「一人だけ抜け駆けして、勉強を疎かにするとは……お母さんはあんたをそんな子に育てた覚えはありません!」
「育てられた覚えはありません!」
大河内に育てられるだなんて、そんな、呪怨より怖ろしい。確実にグレるぞ。
「にしても、もう前期の期末かあ……」
しみじみと坂下が呟き、大きく息を吐き出す。
「もう、半年経ったんだな」
その言葉に、はっとした。
窓の外を吹く風は既に冷たく、それに揺られて、色付き始めた樹から枯れ葉が落ちてくる。
半年。
本当に早いなあ、と思う。
僕らがどんなにゆっくり進んでも、時間の方はけして待ってはくれないのだ。其れは、誰にでも平等に。
その刻の訪れを明確に知らせるように、始業の鐘が鳴った。
「はい、席について、教科書をしまって」
……これは待ってほしかったな。
*
マズイ。これは非常にマズイぞ。
NaHCO3って何?何かの暗号?携帯入力に変換してみよう。ひかちくふさ、余計にわけわからん。
次行こう、次。
えーと、プロパンの化学式……。
諦めかけた時、突然、頭の中で秋庭さんの声が蘇った。
そうだ、秋庭さんの家で勉強会したじゃないか。
確か、この問題、その時に秋庭さんがやってたやつで……。
よし、書けた。
授業中に先生が言った事は思い出せなくても、秋庭さんが言った言葉ならば、僕は容易に思い出せる。
それがどんなに些細な事でもさ。
僕はシャープペンを握り直す。これなら、化学はなんとかなりそうだ。
*
「どうでした?」
何とか一日目が終わり、秋庭さんに調子を訊かれた。
「うーん、英語がなあ……」
あの後、勉強会の事を思い出しながら答えを埋めていった僕は、あろうことか、桜さんの事まで思い出してしまった。
それから先は、桜さんの視線を背後に感じて、まったく集中できなかったのだ。
いる筈ないとは思いつつ、あの人なら、本当に天井にでも張り付いていそうで……。
実際、妹である秋庭さんのためなら、どんな妨害も惜しまないだろう。
「そうだったんですか。私も、英語は他と比べると自信ないです」
秋庭さんはそう言ったものの、彼女ならきっと90点は取ってしまうだろう。
けれど、嫌味とかではなく、僕を気遣って言ってくれたことがわかって、ちょっと嬉しかった。
「あ、でも」
確かに英語は駄目だったけど。
「化学は中々いい感じだと思うよ」
どうもありがとう、秋庭さん。