第二十話:答えの出し方とフェルマー再び
「私の何処が好きなんですか?」
秋庭さんの言葉、表情、あの場にあった全てが、木の葉の一枚までありありと蘇る。
まるで、止まってしまったビデオテープをずっと見続けているように。
…正直、考えたこともなかった。
「じゃ、バイバイ。また明日」
「俺も」
遙と坂下が抜けた。
坂下は方向が違うが、遙は僕達と同じ方向の筈。
「?遙はこっちじゃ…」
「本屋よるから」
そっけなく言って、遙はずんずん道を歩いて行った。
坂下が「あっ、ちょい待て」と慌てながら追いかける。
ふっと、大河内がため息をつきながらそれを見送った。
「で、君は一体何を悩んでいるんだい?」
「えっ?」
「バレバレなんだよ。何年の付き合いだと思ってるのさ」
「……」
ふと、大河内に訊いてみた。
「大河内は数学の何処が好きなんだ?」
「それ毎年訊いてない?」
「いいから」
大河内は数秒考え、口を開いた。
「うーん…まずは答えが必ず一つってところ」
答えは、一つ。
それは、僕の問題にも当てはまるのだろうか。
「それと、『答えに辿り着くための方法はいくらでもある』ってところ」
大河内は、「あとはわかんないや。なんとなく?」と、穏やかな表情で両手を広げた。
「ちなみにこれは数学以外にも結構当てはまるんだよ」
「方法はいくらでも…か」
答えを出す道筋はいくらでもある…。
「フェルマーの話しただろ?フェルマーは『算術』という本を読みながら、浮かんできた答えをその本の余白に書くのが癖なんだけど、『<この一般定理の>真に驚くべき証明を発見したが、残念ながらこの余白は狭すぎて書けない』っていうのが大体で、その証明についての答えはほとんど明かされていなかったんだ」
大河内は一旦息を吸って続ける。
「特に、<フェルマーの最終定理>――さっき桜さんに渡したやつ――は、ワイルズが解くまで350年も誰も解けなかったもんだから、『フェルマーは勘違いをしていたのだろうか』とまでいわれたんだよ」
でも、と大河内はにっと笑った。
「定理は――解けた」
そして、僕の方をくるりと振り返る。
「何でだと思う?」
「何でって…」
僕はまた、答えられなかった。
だが、大河内は実に簡単そうに答えた。
「その答えが正しかったからだよ」
正しかった、から?
「何悩んでるか知らないけどさー、その答えが正しければ、問題はいずれ解けるんだよ」
何だか、一気に道が開けた気がした。
『秋庭さんの何処が好きなのか証明せよ』
数学風にいうとこんなところだろうか。僕が秋庭さんを好きだというのは、確かだ。ならば、この問題の答えもまた、正しい。
それなら問題は――必ず解ける。
「サンキュ、博士」
「どういたしまして」
博士というのは、中学時代の大河内のあだ名だ。
「しっかしよくいろんなこと知ってるよなー」
「本の受け売りだよ。『天才数学者達が挑んだ最大の難問』や、『数学をつくった人々』とか」
「…絶対読まないな…」
けど、今は珍しく、少し読んでみようか、という気持ちにもなった。
「どうやら吹っ切れたようだね」
「うん」
心の中に立ち込めていた暗雲が一気に晴れた気分。
答えは、出た。
ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
大河内が読んでいた『天才数学者達が挑んだ最大の難問』と『数学をつくった人々』は実在します。
二冊とも、非常に面白いのですが、非常に難解で、読むのに異様に時間がかかります。
でもオススメなので、興味のある方は是非。
ちなみに、天海が数学好きという訳ではありません。
他のキャラはオリジナルですが、大河内にはモデルがいたりします。