第一話:マッチと笑顔
秋庭紅葉は長いサラサラのストレートに、赤い縁の眼鏡の、趣味は会話より読書。
言葉遣いは何故か敬語の、とっつきにくさ満点の女の子。
少なくとも、今日まではそうとしか思ってなかった。
*
「三本位いけたりして」
「もっと乗るんじゃね?」
その日、僕は中学からの悪友、坂下と大河内と学校から帰りながら、『脅威の数学教師・伊賀原のマユゲの上にマッチは何本乗るか』等という、実にどうでもいい話を真剣にしていた。
「伊賀原先生の眉毛を0.2mm、マッチの太さを0.15mmとして、そこに加わる眉間の深さを0.4mmと仮定して、計算…――」
「分かった大河内。とても素晴らしい考え方だ」
本当は全然分からないけど。
必殺委員長・大河内が暴走する前に、僕は大河内の声を遮った。
すると、近くから微かな笑い声。
いつもなら気にも留めない所だけど、なんとなく聞き覚えのある声だった。
声のする方を見ると、同じクラスの秋庭さんだった。
坂下も近くを誰かと一緒に歩く秋庭さんを見つけ、
「マジ?秋庭が笑ってる!?」
「本当だ。何か話しているようだね」
秋庭さんは滅多に笑わない。
秋庭さんはかなり可愛い部類に入るらしいから、もったいない事だ。
「珍しいね…秋庭さんが笑うのは、一日に一、二回として確率にして、」
僕は大河内を無視し、一緒にいる人と何か話しながら笑う秋庭さんを見る。
滅多に見ることのない、秋庭さんの笑顔は、やわらかく、少しはにかんだようでもあって、それでいて珍しく明るく、
とても――綺麗だった。
「あーやっていつも笑ってたらもっと可愛いのになあ、もったいねえ」
坂下の言葉も耳に入らない。
僕はずっと、見えなくなるまで秋庭さんから目をそらせられなかった。
何故だか僕は、
それから、
秋庭さんの事が気になって仕方がなかった。