第十二話:素敵な名前と心からの笑顔を
「……」
ハヤクトメナイト
ハヤクアキバサンヲタスケナイト
しかし、僕の体は金縛りにあったように動かなかった。
目の前に、苦しみながらも無理矢理微笑っている秋庭さんがいるのに。
「どうした…」
遅れて教室に入ってきた坂下と大河内は直ぐ様眉根を寄せた。
「……!」
坂下が体を曲げる。
坂下は人一倍こういう空気に敏感だ。
そしてそれは大河内も同じく。
それは本当に―――
痛い位に。
「痛……」
坂下が腹の痛みを訴えた。
坂下は直ぐに体にストレス性の症状がでてしまう。
昔の、傷痕。
対して大河内は倒れるまで我慢する。
開く、古傷。
「保険室、連れてく」
大河内が坂下を連れて廊下に出た。
「僕も…」
僕もついていこうとしたが、二人は秋庭さんを視線で指し示した。
「―――っ」
秋庭さん。
どうすれば、どうすれば彼女を助けられる?
その時、始業のチャイムが鳴った。
秋庭さんを取り巻く混沌は、各々の席へ飛散していく。
その場に大きな、創痕を残して。
本当は授業等、どうでも良かった。
只、彼女を助け出せなかった自分が―――
終礼と共に、秋庭さんは逃げるように教室を出た。
「秋庭さんっ――」
僕はその背中を追い駆ける。
学校から出たところで、ようやく追い付いた。
「上城君……」
「さ、っきの」
息も絶え絶えに、意思を伝えようと口を開く。
「気にしちゃ、駄目、…」
秋庭さんは一瞬の間を置いて頷いた。
「実は、初めてじゃないんです」
ぽつりと、秋庭さんは言った。
「前にもこんなことがありました」
秋庭さんは言う。
「皆、秋庭と聞くと秋葉原を連想してしまうみたいです」
――僕も
それが秋庭さんを傷付けているとも、知らずに。
「前はもっと酷かったです」
彼女は語る。
「敵は、先生でしたから」
先生…?
「私は当時、授業中眠くなってしまう事が度々ありまして」
「そんな私の目を覚まさせる為と称して、先生は私に秋葉原から連想した『オタク』というあだ名をつけ、それを授業の例題に当てはめていくようになりました」
本ばかり読んでいましたしね、と秋庭さんは目を伏せる。
「曰く、オタクさんの買った本xとyについての連立方程式…曰く、『オタクは今日も本屋へ行く』の主語と述語を答えよ」
「よく考えれば、名前をからかわれただけなのですけれど」
秋庭さんは、自嘲気味にそう言う。
彼女はずっと、苦しみ続けて来たのだ。
自分の好きな秋庭紅葉と言う名では、誰も呼んでくれない失望。
高校へ上がって尚も、言われ続ける絶望。
「誰も信用出来なくなった私は、ますます本にのめりこんで行きました」
秋庭さんは一旦台詞を切って、続ける。
「人間って、滑稽ですよね。人が居ないと生きていけない癖に、」
「人のせいで、生きていけなくなるなんて」
「……」
僕は黙って聞いていた。
何も、言えなかった。
が、
「僕も」
「?」
「上城を音読みしてジョジョ、移動する度に『ジョジョの奇妙な冒険』とか言われてました」
「そして、ごめんなさい」
僕は、秋庭さんに深く頭を下げた。
「!?かみしろ…――」
秋庭さんは驚いたようだ。
「僕も、秋葉原を連想してしまいました」
「…いえ…」
「でも」
「よく見て、凄く綺麗な名前だと思いました」
「秋の庭の紅葉…凄く、凄く綺麗な良い名前です」
「…」
秋庭さんは暫くうつ向いていたが、やがて顔を上げ、
「…ありがとう」
今度は、心からの笑顔と共に。