第十話:フラれ雪と想い雪
先ほどから何度も溜め息を吐きながら、黙々と絵を描いていた。
実は僕は美術部。
秋庭さんに見事にフラれてから、美術室に駆け込んで、ずっと描いている。
それというのも、絵を描いていると気が紛れるから。
そして、
今日の事を忘れない為でもある。
失恋の記憶を残して何になる、とも思うけれど、忘れたくはなかった。
描いているのは、雪。
これがホントのなごり雪かな、と思いつつ、
題名・フラれ雪。
いかん、自虐的になってきた。
「上城君!」
え?
この声は…
「秋庭さん!?」
何で秋庭さんがここに?
「良かった…もう帰ったかと…」
秋庭さんはほっと、安堵の溜め息を吐いた。
なんだなんだ?
状況が全然掴めない。
「先ほどは、ごめんなさい」
「えっそんな…」
謝られたら、もっと辛い…かもしれない。
「とても驚いてしまって、ついあんな事を…」
「え?じゃあ…」
「はい。上城君が嫌い、などでは決してありません」
決して、の所を強調して言った。
それが、何だか嬉しい。
「いや、僕の方こそ、驚かせてしまって…全然気にしていないし…」
「本当ですか?」
確かに、少しはヘコんだけれど、秋庭さんを嫌いになんて、なる訳がない。
「はい」
いつの間にか、僕まで敬語になっている。
「良かった…」
秋庭さんは二度、安堵の溜め息を洩らした。
静かな沈黙が、部屋を満たす。
と、
「とても綺麗な絵ですね」
秋庭さんが、僕のフラれ雪に対して、そう言ってくれた。
「いや、そんな大した物じゃ…」
いいえ、と秋庭さんは首を振って、
「お世辞等ではありません。ホントに綺麗です」
例えお世辞でも、嬉しさに心臓が早鐘のように打っている。このままだと、宇宙まで飛んでいきそうだ。
「そういえば、この間も、どこかの賞をもらっていましたよね。」
覚えていてくれたんだ…
こんなに、幸せでいいんだろうか。嬉しすぎて、不安になって来た。
「この絵の題名は?」
フラれ雪、と言う訳にもいかず、
「まだ決まってません」
と、答えた。
「そうなんですか。…そうですね…」
秋庭さんは暫し、考えた後、
『想い雪』
「何だか、そんな感じです」
想い雪…ピッタリの題名だ。
「とても良い題名です…詩人なんですね」
「え、いえっ。ですが…」
恥ずかしそうにうつ向いた後、
「将来、作家になりたいです」
と、言った。
「へぇ…秋庭さん本好きだし…ピッタリだ」
秋庭さんははにかんだ微笑みを僕に向けた。
「それじゃあ、僕が絵で、秋庭さんがストーリーを考えて…」
画材道具を片付けながら、言ってみる。
「二人で漫画を描いたら、上手くいくかも」
心から、何だかそう思った。
「それは良い考えですね」
秋庭さんは微笑った。
ああ…この笑顔に弱いんだよな。
穹から降り続ける想い雪は
まるで幸せを引き連れてくるようで
僕の心に一時の幸福が
雪のように、
ゆっくり、ゆっくり
積もっていった…――。