ピンク髪のさだめは徹底回避します。
ああ、こんな日が来てしまうなんて。
とある男爵家令嬢として今世に生を受けたあたし、現在十歳。
メイドに身なりを整えてもらう最中、前世の記憶が混ざってきた。
かつては多分普通の大学生だったはず。そこまでしか記憶がない。
課題のレポートがなかなか進まず、図書館で資料を漁っていたら、
上から分厚い事典かなにかの直撃を喰らって記憶が止まっている。
多分その際に命を落としたか、意識不明で精神だけここにいるか。
いずれにせよ元に戻る手段がわからない。ないのかもしれない。
向けられている鏡を覗けば、そこにはピンク髪の美少女がいる。
これが今のあたし、名前はアンマリヤ。…あんまりや?
どうもこのネーミングセンスにフィクションみがあふれてる。
マリーアンとかならまだしも、アンマリヤとか。わざとらしい。
これは話に聞いたアレかな、乙女ゲームの世界に転生したとか?
実はやった事がないんだけどねえ、ああいったゲームって。
落ちものとかパズルとかは暇つぶしにしたことあったけれど、
恋愛シミュレーションっていうの?は聞きかじった知識しかない。
だけど以前友達から聞いた話だと、この髪の色ってマズそうね。
主人公ってなぜかピンク髪が多いんでしょ?つまり主人公カラー。
で、誰かとくっつくために様々なトラブルに巻き込まれるんだとか。
ゲームとしてだったら面白いかもしれないけど、実際にとなると。
平穏無事が望みって訳じゃないけど妙な事に時間取られたくもない。
さすがに十歳からストーリーが始まったりはしないだろうけども、
極力事件が起きそうなところからは遠ざかっておきたいな。
なんて事を考えていたら、メイドが心配して声をかけてきた。
「お嬢様、どうなさいました?ご気分がすぐれないようですが」
鏡に映っているあたしの顔は、どう見たってしかめっ面だ。
彼女に心配かけてもアレだ、ここは取り繕っておかないと。
「いいえ、なんでもないわ。考え事をしていただけよ。
そうだエリカ、色々と相談に乗ってくれるかしら?」
まずはこの世界の情報収集からだ、このメイドから聞いておこう。
◆
メイドのエリカ(なんで普通の名前なのよ?)に聞いた話では。
この国では、十五歳から十七歳まで貴族学校に通わねばならない。
そこで貴族としての社会常識などを学び、コネを作っておくとか。
結婚については、予想通り政略結婚が多いけど恋愛結婚もあると。
上級貴族はもう決まっていたりするが、下級貴族はそうでもない。
あたしもお相手は多分、貴族学校で見つけるかお見合いだとの事。
別の貴族から、縁談のお話なんかも来ていないはずである。
うちの男爵家は落ち目でもないし成り上がりでもないモブオブモブ。
贅沢は出来ないけど困窮もしていない、極めて平凡な下級貴族。
家族仲は良好で、お父様は普段食料品の取引を生業としてる。
家族構成はエリカに聞くまでもなく分かってる。両親と兄姉。
でも家族の誰も、確か祖父や祖母の代でもピンク髪はいなかった。
お母様やお姉様に顔立ちは似ているので、血は繋がってると思う。
が、髪の色はどこから引き継いだのやらさっぱりだ。
エリカいわく「ついにお嬢様も殿方を意識されるのですね」とか、
急にあたしがそっちに目覚めたかのような事を言っていたけど。
そうじゃないんだ、ごめんね。全力で遠ざかろうとしてるのよ。
まともな恋愛とかなら、へいらっしゃい!なんだけどさあ。
ぜっったいこの髪の毛は不穏の種を呼び込んできそうだし。
あたしが今後やらないといけない事としては…目立たない事。
髪の毛を染めたりするのは、なんか娼婦ぐらいしかやらないとかで、
評判を落として悪目立ちするのもそれはそれで危険な気がする。
お父様やお母様にも迷惑はかけたくないし。
つまりピンクはピンクのままで貴族学校へ行かないといけない。
一応前世では、大学三年通っていたんで頭は悪くない、と思う。
この世界の常識とかは分かんないけど、日常生活は問題なさそう。
自分の現在の学力は他の同年代の子供と比べてどうなんだろうか。
今は家庭教師に教わってるから比較がむずかしいなあ。
お兄様やお姉様の普段の言動からすると…ああ、参考にならない。
「アンはかしこいねえ」「アンはかわいいねえ」としか言ってない。
可愛いは確かにそうだろうけど、賢いのかどうか分かんないな。
頭脳面で目立っちゃっても、変なところから目を付けられそうだ。
とりあえず、周囲の反応を見ながら慎重に行動していくしかないか。
◆
もう、この世界に来て五年が過ぎた。今日はついに入学式。
お父様の仕事に口出ししたりもせず、お母様の肌荒れを解決もせず、
ああでもさりげなーく肌に良い食事にはしてもらったりしたけれど、
お兄様やお姉様の、特に異性のご学友と極力顔を合わせたりもせず、
出来うる限りを尽くして何も起きないよう努力をしてきた。けど。
講堂で他の新入生達を見て、ちょっと思考が停止した。
新入生の女子生徒は、あたし含めて今年八十四人いると聞いていた。
それがなんで半分ぐらいピンク髪なのよ!?髪型も似通ってるし!
同年代となるべく顔を合わせないようにしていたのが裏目に出た。
まさかこんなにヒロイン候補だらけとは思ってもみなかった…。
その様子を見る限りだと、周りを見渡して挙動不審なのがちらほら。
多分あたしと同じで前世持ちなんだろうなあ。彼女達。
いや落ち着いてる子も油断出来ないのか。平気なフリかもしれない。
こうなってくると問題は、彼女達が攻略を目指しているかどうか。
突飛な行動をされて、こっちまで火の粉が降りかかったらマズい。
あたしは何もするつもりはないけど、要観察対象が多すぎでしょ…
入学式はそんな状態で、校長先生とかの挨拶は耳に入らなかった。
想定よりかなり斜め上の状況に、こちらは落ち着いていられない。
どう行動するのが正解なんだろう、努めて普通に振る舞う事?
…いや普通って出来そうにないし。どこかでボロが出そう。
◆
入学式からもう一週間が過ぎている。たった一週間だ。
その間、あたしはあちらこちらで妙な光景を目撃し続けていた。
まずは、生徒会長へのよそ見してアタック。
突撃したピンク髪の人数は七名。その時のセリフは様々。
「いったぁ~い、もう、どこ見て歩いてんのよ」
「はわわ、ごめんなさぁい」
「きゃあっ、メガネ落としちゃったっ、どこっ、どこにあるのっ」
ああ、これが乙女ゲームの決めゼリフってやつなのかなあ。
一度に何人もにぶつかられた生徒会長さんは気の毒に。
あるいは、なぜか構内で迷子になっているピンク髪、六名。
一か所に固まって、ああでもないこうでもないと留まっている。
学校一の英才が通りかかるまで。いや構内の案内図あるでしょ。
他の人達も通りがかるのに、その人達には道案内頼まないし。
それから噴水ダイブが三名。人数少ないけど、まだ寒いものね。
木登りが同じく三名。世に言う「おもしれー女」枠かなあ。
落とし物を探してるのが実に十一名。自然だけど人数が不自然。
これだけやってる事が他人と被ってて、どう思ってるんだろう。
攻略対象達(仮)の気も惹けないだろうし、目立たないでしょ。
いや目立ってるか。集団パフォーマンスという意味で。
あたしは見物するだけに留めて、出来る限りピンクと距離を置いた。
話しかける同級生も、普通の髪色の女の子だけにして。
巻き添えなんて絶対に喰らうもんか。三年間耐えてやる。
◆
もう卒業して一年かあ。
終わってみれば早…くはなかったな、すごく長く感じたわ。
ピンク髪一個小隊から距離を置き続けて頑張った一年目。
停学やら退学やらが続出し、巻き込まれずに済んだと思ってたら、
二年目にも大量のピンク髪新入生が押し寄せてきましたですよ。
ああ、勿論最終学年でもねっ。もうなんなのよここは。
あたしは努めて普通に振る舞っていたんだけど、良いのか悪いのか、
「他のピンク髪と違う!」という事で逆に目立ってしまっていた。
そのせいでピンク髪から妬まれたり嫌がらせされたり襲撃受けたり、
随分と波乱に満ちた三年間を過ごしてしまった。
結果、同学年で生徒会長を務めた男子から求婚されてめでたく婚姻。
そこでもひと悶着あったんだけど、彼のおかげもあって解決出来た。
彼いわく「君のまともな感性に惹かれた」だってさー。
まあアレらと比べたらねえ。
先日、彼との子供が出来たんだけど…
この子は絶対、ピンク髪の女の子になりませんように、と願ってる。
一人の転生者に一つの舞台、って事はないよねーと思いまして。
絶対に乙女ゲー世界がバッティングするよなあと。




