第27話 少しずつ、橘くんに近付いていく。
散々悩んだ挙げ句、クローゼットに唯一あったワンピース、
英字ロゴの入った紺色のTシャツワンピースを着ていくことにした。
それだけだとさすがにシンプルすぎるから、細身のブレスレットと時計を腕に付ける。
キャップもかぶった方がいいかな。
でも、勉強するから室内だろうしな……。
大丈夫かな……正解が分かんないよ……。
いつもわたしは、自分に自信がない。
家に唯一ある玄関横の全身鏡で入念に自分チェックをしていたら、お母さんに突っ込まれた。
「陽雨、土曜日なのに早起きね。なんか今日、気合い入ってない?」
「は、入ってないよ……!今日は友達と、図書館でテスト勉強するから……!」
わたしは慌ててスニーカーを履いた。
「お昼は?いらないの……?」
「お昼……?」
お昼……そう言えば、何時まで勉強するとか、決めてないな。
「い、いらない……!食べてくるから大丈夫……!」
外に出ると、しとしと雨が降っていた。
梅雨だもんね。
今日もじめじめして暑い。
汗かいたらやだな……。
わたしは傘を差して、駅までの道を、濡れないように、汗をかかないように、ゆっくり歩いた。
橘くんと勉強。楽しみすぎる。
橘くん、私服はどんな感じなんだろう。
きっと、お洒落なんだろうな。
お昼も一緒に食べるのかな。
橘くん、スイーツのイメージ強いけど、食べ物は、何が好きなんだろう。
予定よりだいぶ早く駅に着いてしまって、一本電車を見送ってから、橘くんに言われた電車に乗り込む。
濡れた傘はいつもより丁寧に水気を払って、綺麗に畳んでベルトで止めた。
――予定通りの電車に乗ったよ。二両目の真ん中のドアの近くにいます。
LIMEでメッセージを送るだけで、心臓がトクトクと高鳴ってしまう。
橘くんからは、すぐに了解のスタンプが送られてきた。
雨がさらさらと車窓を洗っている。
学校の最寄り駅から二つ手前の、普通電車しか止まらない駅。双子橋駅で、橘くんは乗ってくる。
少しずつ、橘くんに近付いていく。
あと二駅。
あと一駅。
その時――、
「西嶋……?」
聞き慣れた声がした。
わたしはぎょっとして声の聞こえた方を向く。
やっぱり……。
少し茶色い髪をセンターパートにした童顔の男子。
吉木梓だった。
最悪だ。
なんで、寄りによってこのタイミングでこの車両に乗ってるの……。
「やっぱ西嶋だ。なに、勉強?学校行くの……?今日なんか可愛くない……?」
『なんか可愛くない』って、なに……?
どの口が言うんだよ、まったく……!!
「ごめんごめん、そんな睨まないでよ、恐いから」
睨んでないし。
元からこう言う顔だし!
「学校じゃ、ない」
声が強ばってしまう。
だって、もうすぐ、橘くんが乗ってきてしまう。
吉木くんと一緒に居るところなんて、絶対に見られたくない。
どうしようどうしよう。
取りあえず、逃げるか……。
隣の車両に移動して、橘くんにLIME送り直せば……
「あ、ちょっとまってよ……!オレ、いまから学校の図書室で勉強しようと思ってるんだけどさ」
吉木くんがわたしの手首を掴む。
いったい何なの?
わたしのこと、あんな風に振ったくせに。
何で今さら、そんなに絡んでくるわけ……?
でもここで、振り払ったりしたら、また「恐い」とか、「氷姫」とか言われるのかな……。
「可愛い女子」なら、愛想笑いでもして、上手く取り繕うところなのかな。
――そのとき。
電車が停まって、開いた扉から、塗り壁みたいな、背の高い男性が乗り込んできた。
オーバーサイズの真っ黒なシャツを着て、ゆるいシルエットのカーゴパンツ、両耳にピアスだらけ……全身から威圧オーラ全開の……
「陽雨?……大丈夫?」
橘くんだった。
「……つーか……誰?お前」
背筋が凍るほど冷たい声。
橘くんの、冷たい瞳が吉木くんを見下ろす。
その視線は、わたしの手首を掴む吉木くんの手に真っ直ぐ注がれている。
い、イカツ……っ。
威圧感が半端ない。
最近お料理教室の先生だったり、可愛い笑顔を見せてもらったりで忘れがちだったけど、橘くんは、やっぱりめちゃくちゃ恐いです。
「す、すみませんでした……!!!」
吉木くんは恐縮しきった様子で、別の車両へ逃げて行った。
たぶん同級生って気付いてないんだろうな……。
橘くんの威圧効果、すごすぎます……。




