第10話 カンジが女子にお菓子作ってあげるとか、はじめてだからさ。正直びっくりなんだけど
ときめきを爆発させながら家庭科室に入ると、中にはすでに何人か人が居た。
二人きりじゃ、ないのね。
わたしは激しくがっかりしている自分に気づいた。
「あれ、カンジが女の子連れてきたよ」
入ってすぐのテーブルにちょこんと座っていた男の子がびっくりした顔で言う。
「ちょっとアヤノさんー、カンジが女の子、連れてきたよ!」
アヤノさん?
その先には、何人かの女子と一緒に、黒髪ゆるふわパーマの美女が座っていた。
「いらっしゃーい。まさかとは思うけど、新入部員?キミ、1年生?」
綺麗なおねえさんにニコニコした顔で聞かれて、わたしはどぎまぎしてしまう。
こう言う時こそ笑顔作らなきゃだけど、また引きつってしまって上手くいかない。
そもそもこの人たち、誰?
「いや、同級生。西嶋さん、気にしなくていいから。そのへん座ってて」
橘くんは淡々とそれだけを言って荷物を置くと、
「なんか食べたいものある?……っても、今日ある材料ですぐ作れるのって……あっ、どら焼きならすぐ作れるな」
「ど、どら焼き……!?どら焼きって、手作り出来るの……?」
まさかの和菓子……。斜め上の提案。
和菓子も作るのか橘くん。
橘くんとどら焼きって……、ギャップがすごいな。
「昨日、愛しそうに慈しみながら炊いてたもんねー!北海道の農家さんからお取り寄せしたカンジ厳選のあずきちゃん」
アヤノさんがにやにやしながら突っ込む。
あ、あずきちゃん……?
あんこって、あの、あんこだよね?
あんこって自分で作れるの?
スーパーで缶詰とかパックになってるの買ってくるとかではなくて?
橘くんが、慈しみながらあずきを……炊いてた……って、おばあちゃんかいっ!
「これだよーすごい綺麗でしょ。ひとくちいってみる?」
さっきの小さい男の子が、冷蔵庫から出してきたタッパーの中身を見せてくれる。
綺麗、かどうかは分からないけど、橘くんが、慈しみながら炊いたと聞くだけで、美味しそうだ。
「おまえら……やめろ……」
負のオーラを撒き散らしながら橘くんが小さい男の子の首根っこをつかむ。
「あんこだけ先に食べるとか、ネタバレだろ!」
そう言ってタッパーを奪い取る。
あんこを、先に食べるのって、「ネタバレ」なんだね……。
「……で。いいの?どら焼きで」
わたしは激しく首を縦に振った。
「た、食べたい食べたい食べたいです……橘くんのどら焼き……!」
笑顔の魔法が掛かるかどうかは食べてみないと分からないけど、橘くんの手作りどら焼きは激しく食べてみたい。
橘くんが慈しみながら炊いたあんこ、ぜひとも食べてみたい……!
橘くんはおもむろに学ランを脱いだ。
身長が高いから、それだけで大迫力だ(二回目)。
パン……!と軽快な音を立ててエプロンを開くと、シャツの上にてきぱきと掛けていく。
ファンシーなひらひらエプロンだったらどうしようかと思ったけど(それはそれで見てみたかったけど)、カフェの店員さんが付けるような、キャンバス地っぽいグレーのエプロンだった。
腰の紐をぐるっと一周させて前で結んだ姿が、様になっている。
なんだかとても、美味しいものが作り出されそうな予感……。
そして、最後に白いシャツの袖を丁寧に折り上げた。
カッコいい……捲った袖から見える前腕がなんとも……
「ねえ、聞いてる……?」
え……っ?
わたしははっと我に返った。
「名前、なんて言うの?」
さっきの男の子がわたしの顔を見ながら言った。
「え、えと……西嶋陽雨って言います」
「オレ、桜田優太ね。オレも二年だけど」
桜田くんはにっこり笑いながら言う。
わたしのこと、恐がらずに気さくに話し掛けてくれる、コミュニケーション能力高めの男の子だ。
「カンジが女子にお菓子作ってあげるとか、はじめてだからさ。正直びっくりなんだけど」
「そ、そうなんですか……?」
「そうだよー。カンジって、この見た目でコミュ力も低めだから女子はまず寄ってこないし……」
はじめて、か……。はじめてなんだ。
なんか、嬉しいかも。
「わたしは、橘くんの作るお菓子の、ファンなんです」
あんなに、身体中がふわふわして、幸せで包まれるような、美味しいお菓子は、いままで食べたことがない。
それに……。
わたしは今日、知った。
真剣な顔で、食材に向かってる男の子って、途轍もなくカッコいいのだと言うことを。
小麦粉を計量して、篩にかけている橘くん横顔に見惚れてしまう。
繊細な手付きと所作が、とっても綺麗。
あの綺麗な所作から、魔法みたいな美味しいお菓子が、作り出されていくんだ。
わたしはまだ、橘くんについて何も知らない。
橘くんがどんな性格なのかもよく分からないし、
正直取っ付きにくくて、恐いけど、でも、この瞬間、食材に向き合っている姿と、作り出されるお菓子たちには、確実に、惚れる。
フライパンの上で綺麗な焦げ茶色に焼かれていくどら焼きの皮を見ながら、わたしは思った。




