父と娘
「りゃあああああっ!」
壁面を足場としての飛び蹴りが、ループに向けて放たれる。
そのスピードは、まさしく砲弾そのもの。
威力もまたそれに準ずるものであり、分厚い城壁すら粉砕可能であろうことは、この破壊し尽くされた拷問室を見れば明らかであった。
キックボードシリンジをキメたことにより、各部が装甲で守られている今のループであっても、耐えられはすまい。
(シャ……。
シャムよ……!)
ウサギのアリスなる魔術師必殺の一撃が、やけにゆっくりとして感じられるのは、脳が必死を理解しているから。
最後の力で、思考速度が加速されているのだ。
その恩恵で父親たる身が思い浮かべるのは、当然ながら愛すべき娘の姿であった。
『お父様……!』
『お父様……!』
『お父様……!』
まず、思い浮かぶのは幼き日の姿……。
『師範役、ぶっ殺しましたわ!
もっと強いのを用意してくださいませ!』
とりわけ印象的なのは、7歳になって初めて武術の稽古を受けた際、みぞおちへの正拳突きで、ただちに用意した師範役を悶絶させたことだろう。
(シャム……お前はまさに、天才だった)
その後も、愛娘に関する回想は続く。
『お父様! 食うに困っている錬金術師を飼うことにしましたわ!
合法的な研究成果は一切出せていませんが、違法な麻薬の知識が半端じゃありませんのよ!
将来、きっと役に立ちますわ!』
武術だけでなく、学問などに関する考え方も素晴らしかった。
秀でた研究成果があるなら、法の枠組みにとらわれず支援したのである。
結果として生み出されたのが究極の戦闘用麻薬――シリンジであるのだから、まさしく先見の明があったというしかない。
『お父様! 使用人をぶっ殺しちまいましたわ!
調べたところ、ライスリバー王国の間者でしたの!
……ごめんなさい!
ちゃんと拷問にかけて、情報を搾り取ってから始末するべきでしたわ!』
そんな彼女もまた、時にかわいらしい失敗をすることがあった。
だが、人間というのは必ず失敗をするもの……。
と、いうより成功に至るまでの道程でそういった間違いが生まれるものなのだから、真摯にこれを反省し次へ活かすシャムのやり方は、正しく過去を汲み取れる人間のそれである。
『やはり……ライスリバーは、我が国を狙っているとしか思えません。
いずれ、わたくしは第一王子殿下へと嫁ぐ身……。
ならば、今のうちからかの国との暗闘を制しておくことこそ、内助の功というものでしょう。
手始めに、何人かあちらのご令嬢を拉致って拷問び、敵方の情報を吐き出させるといたしましょう』
対ライスリバーとの暗闘に乗り出した際は、その悲痛なまでの覚悟と的確な判断力に誇らしさを覚えたものだ。
まさに、革新的。
国の舵取りを第一王子だけに任せておかず、自らもまた目立たぬところから支える。
新しい時代を牽引する淑女として、満点であると言えるだろう。
惜しむらくは、第一王子たるルキハにその想いが伝わらなかったこと……。
(だが、大丈夫……)
いよいよ魔術師の蹴りが胸部に突き刺さり、予想通り頑強な装甲を粉砕し貫いたところで、確信する。
(我が娘ならば、必ずや第一王子と王族たちをぶっ殺し、新たなリーダーとして立つはず。
そして、頼れる屋台骨を手に入れたこの国はライスリバーに勝利し、さらなる躍進を遂げるのだ)
ウサギの特質を最大限に発揮した飛び蹴りの貫通力は、見事なり。
魔術師はシリンジによって生み出された装甲を貫き、ループの筋骨隆々とした胴体に大穴を開け、貫いていったのである。
いかにアリスという魔術師が小柄であるといっても、今のループは、四肢と首がかろうじて薄い肉で繋がっているだけの有様だった。
常人ならば、当然即死しているところ。
そこで、最後の力を振り絞ったのは、ループが鍛え抜いた戦士であったからか。
あるいは、親子の愛がなさしめたのかもしれない。
ともかく、彼は最期に叫んだのだ。
「シャムよ……!
この国を、頼んだぞ!」




