轢き殺しのループ
――Kickboard。
語感から考えても、それこそループが騎乗している乗り物の名称であろう。
安定性にも走破性にも安全性にも疑問を抱えてしまう外見はなるほど、異界のエレメントを取り込んで生まれたという言葉に信憑性を持たせていた。
だが、この場合、見た目から分かる性能などいささかの問題にもならない。
ただでさえ筋骨隆々だった肉体にまとわれているのは、いかにも頑強そうな装甲と――魔力。
濃密な魔性の気配は、アリスたち魔術師が長い修業の末に身に着けるものと比べても、ほとんどそん色がなかった。
ならばこいつは、既存の物理法則など凌駕する現象を引き起こせるに違いないのだ。
――ギュウン!
――ギュウン! ギュウン! ギュウン!
キックボードの核に当たるのだろう箇所から、威圧的な爆音が漏れ出す。
それは、威嚇する肉食獣の咆哮を思わせる音であった。
「では――ゆくぞ!」
同時にループが宣言し、たくましい両手で握った操縦桿を捻る!
――ギュウウウウウン!
最高潮に達した爆音と共に、キックボードが走り出す。
その速度は馬の最高速に匹敵するものであると思えたが、何より驚異的なのは加速力。
通常の生物というものは、動き出してからトップスピードに至るまで、いくらかの時間が必要とされるものだ。
だが、このキックボードなる乗り物には、それがない。
まったくのゼロから、爆発的な勢いで加速し突進してくるのである。
「――ふっ!」
アリスが横への前転でこれを回避したのは、日頃の修行と優れた動体視力があったからこそ。
余人がこれを受けたならば、正面から轢き殺されていたに違いない。
「フハハハハハッ!
なんたる爽快さ!」
叫んだループの眼前に迫るは、スチュアート邸の分厚い石壁。
さほど広くもない拷問室で、いきなりこんな猛スピードを出したのだから、瞬時に壁へ激突するのは当然のことだ。
が……。
「むうううううん!」
「壁を垂直に!?」
ループが見せた走りに、驚愕する。
まるで、壁面がそのまま道であるかのように……。
キックボードは吸い付くような走りで垂直となり、そのまま疾走を続けたのだ。
魔性を帯びたこの乗り物は、もはや道など選ばぬということ!
「ワハハハハハッ!
楽しい! 楽しすぎるわ!
二輪とは思えぬ抜群の乗り心地よ!」
叫びながら、ループを乗せたキックボードがアリスを轢殺すべく縦横無尽に走り回る。
床のみならず、壁面も天井も利用した立体的な走行は、脅威の一言。
横転!
バックステップ!
サイドステップ!
後方宙返り!
それらを、アリスはすんでのところで回避し続けた。
だが、攻撃の回避は生者の特権。
すでに死している上、そもそも鎖で壁に繋がれている者たちは容赦なく轢き潰され、ミンチよりもむごたらしい有様となったのである。
「……隣国の令嬢たちが!」
「フハハハハハ!
なかなか痛快な轢き心地であったぞ!」
自身の圧倒的優位を確信したのだろう。
一度、床に停車したループが、実際痛快そうな笑みを浮かべながら告げた。
「そして、このキックボードという乗り物のなんと面白きことよ!
そもそも、不安定なはずの二輪が安定性抜群な時点で、脳が騙され楽しい!
しかも、車体が小さいことから、どんな狭い場所でもスイスイと入っていける!
まさに、これは……人を効率的に轢き殺すための凶器!
異界からのエレメントにより形成された代物だが、原型となった乗り物の設計者は、日頃から他者を轢き殺したくてたまらない生粋の変態であったに違いないわ!」
「……あんたみたいなクズには、お似合いの乗り物ということですか」
すでに、全身は令嬢の遺体から噴き出した血によって血まみれ。
頭には、誰のものかも分からぬ腸を乗せているアリスが、悪臭に顔をしかめながら吐き捨てる。
イイ気になっている悪党に対し、魔術師たる身が取る方法はただ一つ。
すなわち――変身。
「はあああっ……!」
気合いを入れたアリスの矮躯から、凄まじい魔力が迸った。




