Kickboard
「大体がですね。
今聞いた話だと、すでに情報収集という目的は果たしているわけじゃないですか?
なんで継続して他国の令嬢をさらい、拷問し続けているんです?」
「情報というのは、常に更新し続けなければ意味がない。
ゆえに、拉致い続けるは必然!」
「その結果、捜査の手が及んでとんでもない国際問題になるのも必然ですよね?
ライスリバー王国が求めてきた賠償金の額、分かってますか?
つーか、攻められたらヤバいって分かっている相手に、攻める口実を与えるような真似しないで下さいよ?
ラブアンドピースでウィンウィンするって考えはないんですか?」
「おぉろかなり!
国家に真の友人はあり得ぬ!
さようなことをして歩み寄れば、寝首をかかれて終わりよ!
そうなる前に、こちらがその首を取るのだ!」
「そのために麻薬を蔓延させるというのは、発想がトチ狂っているんですよ。
仮にそれで勝利を収めたとして、ヤク中だらけの荒廃した国を誰がどうやって統治し再生するんですか?」
「何もかも、勝ってから考えればヨシ!」
素早い口撃に対し、思っていた以上のスムーズさで言葉を返され、魔術師たる少女は嘆息する。
言葉は、通じていた。
なんならば、小気味の良さすら感じられるほどだ。
だが、通じていない。
致命的なまでに、価値観と倫理観が通じていない。
ゆえに、平行線がごとき会話に終止するのである。
「しょせんは、第一王子の手の者か。
これだけ言葉を尽くしても、通じぬ」
「うーわ、腹立つ。
その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
ループの眼差しをレンズ越しに受け止めながら、魔術師は肩をすくめてみせた。
どのみち、与えられた兵は全滅してしまっている。
言葉で解決など、不可能な相手であった。
「余裕しゃくしゃくなその様子。
魔術とやらに、絶対の自信があるとみえる。
――だが」
ループがポケットから取り出したのは、鮮やかな緑色の小瓶。
内部には、どろりとした粘性の液体が沈殿しているようであった。
――シャカ。
――シャカ、シャカ。
ループがそれを素早く振ると、内部の液体が活性化するようにさらりとして充満し、魔力の輝きを発したのである。
『――Kickboard!』
同時に音声が発され、先端部から拷問器具じみた太さの針が飛び出す。
「それは……?」
「麻薬をキメさせてもらおう!」
言いながら、ループが自分の左腕に小瓶を突き刺す。
すると、針から内部の液体が血管に注入され……。
ばかりか、小瓶そのものも液状化して血管に入り込む。
そして、見るからに超常の現象を巻き起こした小瓶は、さらなる超常をループの肉体に発現させたのだ。
「……ぶるあああああっ!」
麻薬特有のエクスタシーに叫ぶループの肉体各所から、鮮やかな緑の装甲が生み出され、装着されていく。
その質感と本能的に想起される強度は、既存のいかなる金属とも異なるものだ。
胸部や脚部など、主要な部分が装甲で覆われ、被装甲部分を皮膜で繋いでいく中……特徴的なのが、両足に起きた変化。
足首から先もまた、装甲に覆われたのだが……これは、ただの防具ではない。
なんと、両足の裏を一枚の板で繋いだのである。
それだけならば、雪国で暮らす人間が使う移動器具のよう……。
異なるのは、板が横向きではなく、体の正面に向けて伸ばされた点と、その上で前後に一輪ずつ車輪が形成された点だ。
さらに、板の先端部から長い操縦桿が生成された。
「これこそ――シリンジ!
我が娘が裏で開発させた究極の戦闘麻薬よ!
異界から取り込んだエレメントにより、キメた者の肉体を変身させる……。
我こそは、Kickboardのループ!
魔術師よ! 決闘の礼法に則り、名乗るがいい!」
全身の装甲が完成し、操縦桿をがしりと握ったループが叫ぶ。
前後二輪しかない板でそうすると横転しそうなものだが、よほど体幹が優れているのかぴしりと直立し続けていた。
「……ウサギのアリス」
魔術師――ウサギのアリスは名乗りながら、赤いローブを翻したのである。




