スチュアート邸の戦い
スチュアート家といえば、マントピース王国において随一の武門と呼ばれている名家。
従って、その屋敷も、通常の貴族が住まうような邸宅とは一線を画したものである。
さながら――要塞。
王都の中にありながら、籠っての籠城戦を強く意識した総石造りであり、庭園をうかがい知ることすらできない石垣と堀に囲まれた様は、まるでもう一つの小王城であった。
その防御能力をフルに発揮したのが、今宵の捕物であると言えるだろう。
社交会の名目でスチュアート家の令嬢シャムを王城におびき寄せた第一王子ルキハは、同時にこの屋敷へ兵を派遣していた。
その数、堂々の……百。
しかも、いずれもレイピアにフリントロック拳銃という最新武装だ。
いかに大貴族家かつ、先述通りの頑強な屋敷に住んでいるとはいえ、貴族家一つを取り潰すための派兵としては、前代未聞の大兵力と言えるだろう。
結果から言えば、ルキハの判断は正しい。
この日、屋敷へ詰めていた者たちのうち、当主ループ・スチュアート以外の人間は皆殺しにできたからである。
誤算があったとすれば、ルキハが派遣した兵たちもまた、一人を除いて全滅したということ。
客人を招くことなど微塵も考えず、自分たちが普段暮らす上での生活動線をガン無視した迷路屋敷の中において、スチュアート家の家人たちは死に物狂いの抵抗を行なった。
彼らは一人三殺を掲げ、実際にそれを実行したのである。
投げつけた壺で一人目の頭をかち割り、続いて懐から取り出したナイフで二人目の腹をぶっ刺す。
そうしている間に、鉛玉の集中砲火を受けるか、あるいはレイピアで切り刻まれるわけだが、それに臆さず三人目の喉へ食らいつき、噛み千切る。
そのような光景が、屋敷の中で散見されたのであった。
かような戦いを経て、当主ループは今、ルキハが派遣した小隊の指揮官と向かい合っていたのである。
「この国は今……未曾有の危機に瀕している」
まるで、巌から染み出す清水のような……。
重々しくも清涼感のある声音で告げたのは、実に身長2メートル以上もある筋骨隆々とした大男だ。
下にズボンこそ履いているものの、上半身はまったくの裸。
かような姿で見苦しさがなく、むしろ美しさを感じられてしまうのは、鍛えられた筋肉があまりに見事だからであろう。
そして、首から上の造作もまさしく美中年そのもの。
腰まで伸ばした金髪は、獅子のたてがみがごときである。
――ループ・スチュアート。
武門の名家当主にふさわしい威厳を備えた男が、とうとうと語り続けた。
「南の隣国――ライスリバー王国は、あらゆる分野で我が国を上回っている。
人口、農業、経済、そして――武力。
とりわけ最後のそれは、ここ20年で砲兵を充実させるなど、驚異的だ。
我が国との戦力比は、向こうが三とするなら、こちらは一。
攻め手は防衛側の三倍兵を用意せねばならぬという基本原則に則れば、すでに一刻の猶予もなし。
しかも、ライスリバー側からすれば、周辺国の中で我らマントピース側にのみ障害が存在せず、非常に攻めやすい」
そこまで言って、ループはちらりと相手の顔を見た。
いや、これは、見下ろしたと言った方が正解だろう。
それほどまでに小柄な少女なのである。
赤いローブの下に着込んでいるのは、白いシャツとプリーツスカートという女子らしい代物。
ただ、あまりに貧相な体つきであるため、そのような格好でなければ少年と見間違える可能性大であった。
せっかく艷やかな黒髪を、おかっぱとならない程度の長さで切り揃えているのもまた、そういった印象を加速させている。
顔立ちは――幼い。
その上、大きなレンズの眼鏡をかけているため、ますます子供のように見えてしまう。
普通に考えれば、ルキハから兵を預けられた指揮官とは到底思えぬ人物。
何かの間違いで迷い込んだおぼこい娘にしか見えぬ。
だが、ループはこの娘から漂う濃密な強者の気配を、正しく認識していた。
間違いなく――魔術師。
「この状況、なんとかせねばならぬ。
が、もはや正攻法でどうにかなる戦力差ではなし。
そこで、我が愛娘シャムは考えた。
『情報がないなら、隣国の貴族を拉致って拷問べばいいじゃない!』
……と。
ナイスアイデーア!」
言いながら、ループが両腕を大きく広げる。
そうすると、周囲の石壁へオブジェのようにくくり付けられた者たちが、否が応でも目に入った。
そう……隣国ライスリバーの貴族令嬢たちだ。
彼女たちは、およそ考え得るあらゆる苦痛を与えられた上で絶命しており、今は昏い瞳が虚空を見据えていた。
「その上で出した結論が、麻薬を売って売って売り抜くこと!
さすれば、いかにライスリバーが強国であろうとも、弱体化し骨抜きとなることであろう!
分かるか?
我が娘の方策こそが、この国を救う唯一の道なのだ」
またも、ループが対峙する娘の瞳を覗き込む。
だが、レンズの向こうにあるそれは、ただただ退屈そうな感情を宿しているだけだ。
「はあ……。
言い終わったなら、もうぶっ殺していいですか?」
それを証明するように、少女は淡々とした声で告げたのである。




