Tank
(この期に及んで、麻薬とは……。
あるいは、末期の痛みをやわらげるためか?)
カラスのデイガンが、油断なく標的――シャム・スチュアートを見据えながらそう考えたのは、至極当然のことであろう。
麻薬といえば、想起されるのは大麻や阿片など……。
いずれも強烈な精神への刺激をもたらす薬物であり、痛み止めとしての効能も多少は期待できた。
「ふふ……」
しかしながら、シャムがたわわに育った双丘の間から引き抜いたのは、デイガンの思い浮かべたいかなる薬物とも異なる代物だったのである。
「それは……小瓶?
錬金術を謳う輩が作る水薬のごときものか?」
ズタボロのシャムが手に握ったのは、かなり分厚いガラスで作ったと思われる小瓶。
瓶の内部では、青くきらめく粘性の液体が、どろりと沈殿しているようであった。
「いや、これは……違う!」
だが、すぐにデイガンは己の推測を否定する。
にやりと笑ったシャムが小瓶を振ると、たちまち内部の液体がきらめきを放ったのだ。
『――Tank!』
しかも、十分に輝きが増したところで瓶の先端部から鋭い針が突き出し、同時に瓶そのものが音声を発したのであった。
この小瓶から漂う濃密な力の波動は……!
「魔力だと!?
一体、どういうことだ!?」
「……タンクシリンジ。
錬金術の粋を集めて生み出した究極の麻薬ですわ。
振ることにより内部で無尽蔵に生成されるのは、儀式により異次元から取り込んだエレメント。
これを血管からキメるとどうなるか、今からお見せしましてよ」
「待――」
――て、と言い終わることはできなかった。
デイガンが言葉を発しきる――あるいは、トドメの一撃を放つよりも早く、シャムがふとももにタンクシリンジの針を突き刺したからだ。
シリンジの先端から飛び出している針は、もはや釘などと形容した方がふさわしい太さであり、これを自らに突き刺す苦痛は想像するに余りある。
「ああ……」
だが、シャムが浮かべたのは恍惚とした笑み。
麻薬特有のエクスタシーを感じているのは、明らかだ。
そして、それをもたらしたタンクシリンジなる未知のアイテムは、そのまま液状化してシャムの血管内へと入り込んだのであった。
「こ、これは……」
魔術という超常を操る戦士が、見せつけられた超常にうめく。
超弩級の異物を受け入れたシャムが、全身を変貌させていたのである。
まず起きたのは、人知を超えた自然治癒。
デイガンの体当たりによって瀕死だったはずの肉体が時間を巻き戻すように再生し、ぐしゃぐしゃに潰れていたはずの左腕も完全復活を遂げたのだ。
それだけならば、超治癒能力をもたらす治療麻薬。
だが、タンクシリンジがもたらした効果は、それだけではなかった。
なんと! シャムの肉体に全く未知の変化をもたらしたのだ。
豊満な肉体の各所から、蒼き鎧……いや、装甲が突如として生え出し、ボロキレ同然だった真紅のドレスを破り捨てていく。
それらの装甲は胸部や股間、下腕部や脛を覆うようにして展開されており、肌を直接覆っていることから、鎧化した下着類のように受け取ることもできた。
縦ロールの金髪は後頭部でまとめられ、さらに、脳を守るべく頑強かつ無骨なサークレットが形成、装着される。
そして、脛を覆う装甲はより以上の変化を遂げており、いくつもの車輪が鋼の帯を稼働させる機構……言うなれば、履帯と呼ぶべきものが具現化していた。
それに呼応したか、右腕の装甲が変化して突き出したのは――銃身。
ただし、フリントロック銃やマスケット銃のような、細く頼りない代物ではない。
シャム・スチュアートの右腕に備わりしは、堂々たる砲。
口径を測れば、60ミリにも達するであろう。
通常の黒色火薬と鉛玉であっても、城壁の破壊すら可能な大口径。
だが、直感できる。
こやつの砲が発射するのは、そのように生易しい代物ではないはずだ。
その証拠に、鳥類のごとく変化したデイガンの両足は、知らず後退を始めているのであった。
標的を前にして撤退という言葉が脳裏をよぎったのは、これが初めてのこと。
だが、変化……あるいは変身を終えたシャムが浮かべる不吉な笑みと、その身に漂う魔力の強烈さを思えば、これは賢明な判断であると断言できる。
「あなたたち魔術師の存在は、こちらにとっても織り込み済み。
で、あるならば、対抗策を用意するのは、至極当然のこと。
もっとも、変身の実証はともかく、魔術師との実戦はこれが初めてとなりますが」
「ぬうう……」
変身完了し、後ろでまとまった髪をはらうシャムの姿に、デイガンがうめく。
そんな彼へ向け、シャムは凄絶な笑みと共に宣言したのだ。
「さあ……実験開始ですわ」




