カラス(クロウ)のデイガン
その様相を見て、ここがマントピース王城の社交会会場であったことを思い出せる人間が、どれほど存在するであろうか。
まさに――死屍累々。
ある兵は、鼻から下を粉砕され倒れ伏しており……。
またある兵は、奪われたレイピアに喉を突かれ、一撃で絶命している。
素手で臓物を抉り取られ死している兵などは、自分に起きたことの意味を理解できず恐慌した表情で固定されていた。
圧倒的……圧倒的、殺戮劇。
何より恐るべきは、これだけの大暴れを、たった一人の……それも、貴族家のご令嬢が繰り広げたということである。
「オーホッホッホ!
オーホッホッホ!
弱い! 弱すぎますわ!
この城に詰めているのは、シャバ僧だけですの!?」
宣言通りぶっ殺した兵たちに囲まれて哄笑するシャムの姿は、まさに狂戦士の具現という他にない。
元々が真紅のドレスを身にまとっていたわけだが、兵たちの血を全身に浴びた今の姿は、赤よりなお赤い。
とりわけ、ほぼ素手でぶっ殺し続けた両の腕は爪先に至るまでが赤一色で、殺された兵たちの無念が染み込んでいるかのようであった。
「ひ、ひいっ……!」
「化物だっ……!」
かかる姿を見せつけられては、増援として送り込まれた兵たちが逃げ腰となるのも無理はない。
彼らの背後では、司令官たる第一王子ルキハが、鋭い眼光を見せつけているが……。
その命に従い狂令嬢へ襲いかかれば、自分たちも同じようにぶっ殺されるのだ。
「さすがは、武門の名門スチュアート家のご令嬢。
強い……!
普通の兵士では、どれだけ束になろうとも招待客を逃がすのが精一杯か」
むごたらしくぶっ殺された兵たちの死体を見ても、一切動じることなきルキハがつぶやく。
その様子を見れば、ここまでの犠牲が想定の範囲内であったと分かる。
シャムを堂々と成敗する上で、その大義名分を参上した貴族たちに知らしめるは、必須。
そして、この国を担う貴族たちを無事に逃がすのも、また必須。
そのためには、一山いくらの一般兵など、どれだけぶっ殺されようが必要経費に過ぎないのだ。
「それは、降参宣言でして?
でも、わたくしはすでにあなたをぶっ殺す気満々でしてよ?」
血みどろの狂令嬢が、そう言いながら赤く染まった両手を掲げたが、対するルキハは余裕の笑み。
なぜならば……。
「勘違いするな。
貴族たちを巻き添えにしたくないから投入の機会をうかがっていただけで、こちらには魔術師の用意がある」
――魔術師!
その言葉を聞いて、兵たちの顔色が変わった。
その存在は、マントピース王国において、伝承として語り継がれている。
いわく、一騎当千の実力者揃いであり、影からこの国を守り続けてきたという。
いわく、一人一人が不思議な術の体現者であるという。
それは、おとぎ話ではなかったのだ。
「……殿下。
お呼びに従い、参上つかまつりました。
カラスのデイガンにございます」
その証明として、一人の男がホールに姿を表す。
漆黒のフード付きローブをまとっていることから、その顔は容易にうかがい知ることができない。
ただ、声に漂う老練さと全身にまとう不吉な雰囲気は、ローブで隠されたその顔を想像させるに十分なものであった。
「デイガン……ぶっ殺せ」
カラスのデイガンなる魔術師に告げられた命令は、ひどく簡潔なもの。
「御意」
それに対する魔術師の返事もまた、簡潔を極めた。
だが、次の瞬間に起こった出来事は、まさしく劇的なものであったのだ。
「うわっ!」
「くおっ!」
兵たちが驚き身をすくませたのは、デイガンのローブ内から、カラスの黒羽が無数に吐き出されたから。
そして、ローブを一気に膨れ上がらせた黒き魔術師は、砲弾じみた勢いでシャムに向け突進したのである。
「――ッ!」
くわと目を見開いたシャムだが、避ける暇などない。
デイガンの凄まじい体当たりを受け、そのまま壁に叩きつけられ――いや、壁をぶち破った!
シャムに突貫したデイガンは、総石造りの分厚い壁を紙のように貫き、そのまま彼方へと飛び去ったのだ。
「相変わらず派手なことだ。
こんなだから、客人がいるところでは使えない」
ルキハが、余裕の表情でつぶやく。
彼が浮かべている笑みは、飛び去ったデイガンの勝利を確信してのものであった。
--
「……ごふっ!」
石壁へ叩きつけられる形となった左腕は、肩口からぐしゃぐしゃになって使い物とならず……。
腕を犠牲に助かった残りの部位も、打撲だらけでまともに動くのが困難な有様。
また、今度は自身の血で全身を染め上げることになっており、このままでは、数分ももたずに失血死すること疑う余地もなかった。
「これが、魔術師ですの。
おカッコイイこと」
だが、それほどの深手を負いながらもシャムは、なお笑みを浮かべてみせたのである。
自身へ体当たりすると共に飛翔し、郊外の森まで運んできた存在……。
今やローブを脱ぎ捨てたその様は、完全なる異形であった。
背中から生えた一対の巨大な翼は、間違いなくカラスの特質を備えたもの。
下半身は黒き濡れ羽で覆われており、両手両足は鳥類の爪先と同様の形態に変わっている。
充実して膨れ上がった全身の筋肉は、ここまで運んできた力が、まだまだ全力でないことを物語っていた。
そして、頭頂部はカラスの頭部を半ば融合……あるいは、兜のごとく被りこんだ姿となっているのだ。
「お褒めに預かり、光栄。
そう、これぞ魔術。
我ら魔術師は、動植物の特質を取り込み、超人となることができるのだ」
冷たく冷徹な眼差しと声音は、瀕死の獲物を見据えた肉食獣そのもの。
「それで、どうされる?
すでに、そちらに勝ち目はない。
大人しくするなら、トドメを刺して差し上げるが?」
今にも息絶えそうなシャムにそう告げてきたのは、名門スチュアート家に対する礼節からだろう。
だが、カラスの特質を備えた超人に対し、シャムはどう猛な笑顔でこう告げたのだ。
「勝ち目がないなら……麻薬をキメればいいじゃない!」




