始まり
シャム・スチュアートは、自分が狂っていることを自覚している。
何に狂っているのか?
考えるまでもない。
このマントピース王国を愛する気持ちに、だ。
狂おしいほどの愛国心ゆえに、最短最速最高効率の有効策を立案し、迷うことなく実行する。
決断的にして果断にして電撃的なその姿勢が、しかし、余人には受け入れがたいものであることを、シャムはこれまでの人生から理解していた。
凡夫は皆、迷いたいのだ。
結論というのは下さねばならぬものであるというのを理解していながら、ずるずるとそれを引き伸ばしたがるのである。
なぜ、かように非効率なことをしたがるのか?
これはもう、己に対する免罪符が欲しいからだろう。
考えた末、迷った末の結論であるならば、間違いだったとしても仕方がない。納得できる。
まこと、凡庸な発想であるというしかない。
着るものを迷う時間のように、それそのものが娯楽として機能している場合ならともかく、そうでないなら無駄な工程を踏んでいるだけ……というのが、シャムの考え方であった。
そして、凡夫の救えない点としてもう一つ、人道とやらにやたらと傾倒している点が挙げられる。
このやり方はむごいから駄目。
あのやり方は人の道に背く。
……だのとのたまい、最大利益の追求を諦めるのだ。
人の世――ひいては国家というものは、常在戦場であり、いかなる言い訳も入る余地はない。
そんな余分に目をやった結果、存亡の危機を招いてしまっては論外と思うシャムなのだが、凡人にはそのこだわりが思いの外に重要であるらしい。
以上、二つの理由から、隣国の令嬢を拉致って拷問び、さらには麻薬を蔓延させるというごく常識的にして効率的な対ライスリバー案が余人には受け入れられないものと、シャムは理解していた。
ゆえに、本拠地をスチュアート邸と別に用意していたのである。
これは、婚約者として第一王子の器量を正しく認識していた結果。
受け入れてくれるならばそれに越したことはないが、凡夫たるルキハにそれは不可能。
ゆえに、計画が露呈した場合、彼のガサ入れによって自宅が暴かれると予見していたのだ。
「ふふん……。
やはり、ここは落ち着きますわね」
上階は、どこにでもあるような大衆向けの酒場……。
その地下に用意された椅子へ腰かけたシャムは、笑顔で両脚を組んだ。
なお、デイガンから奪ったローブの下は、全裸という状態である。
シリンジをキメた際、着用していたドレスが小間切れになったためだ。
「シャム様、は……はしたない、です」
「女の子が、しかも下着を履いていない状態でそのように足を組むのは、感心しませんよ」
いくつものフラスコや、天井から吊るされた薬草類など、錬金術に欠かせない品々で満たされた室内に、配下としている者たちの声が響く。
いずれも女性であるのは、単純にシャムの趣味だ。
貴き血を残す生殖義務のためなら男児に抱かれるのもやむなしだが、そうでないなら女子は女子と恋愛すべき……これは、世の理というものである。
「それで、お父様はどうなったのかしら?」
「スチュアート邸の様子をそっと探りましたが、第一王子のガサ入れによって凄惨な戦いが繰り広げられた様子です。
中身は死屍累々の有様だったそうですが、どうも、ご当主は討ち取られたものと」
冷たく無機質な声に対し、シャムは軽くうなずく。
悲しくないわけではないが、これは戦い。
実の父でさえも、一個の戦闘単位と割り切るしかなかった。
「も、もも……目撃者によれば、ガサ入れの指揮官は年端もいかない娘だったとか、なんとか。
ろろ、ローブをしていたから、あくまで推測らしいですけど……」
「そのざーとらしいくらいに伝承通りな格好を思えば、わたくしが倒した相手同様に魔術師であるとみてよいでしょう。
お父様にも麻薬は渡していましたが、及びませんでしたか」
また別の声に対し、タンクシリンジを弄びながら答える。
変身を解除すると、シリンジは体外に排出され小瓶状へ戻るのだ。
「今のところ、白星と黒星が一つずつ……。
よろしい。
まずは、この国を影から守護する魔術師を倒していくとしましょう」
「その上で、シャム様がこの国を取る」
「と、とと……取って、堂々とライスリバーに麻薬を流すんですね。
……腕が鳴ります」
室内は明かりが不十分で、配下たちの顔も判然としない。
だが、彼女らの声を受け、シャム自身が太陽よりもまばゆく、自信に満ちた笑みを浮かべた。
このような時、発するべき言葉はただ一つ。
そう……。
「わたくしたちの戦いは、始まったばかりでしてよ!
――オーホッホッホ!」
哄笑が、秘密の基地内を満たした。




