婚約破棄×断罪
天井に吊るされたシャンデリアは、無数のろうそくによる光でホールを照らし出しており……。
楽団の奏でる音楽が、参加者たちの気分を高揚させ、自然とダンスへと誘う。
あるいは、その一杯が庶民にとって数日分の生活費に相当するだろう酒を味わい、談笑するのもよい。
まさに、王侯貴族の社交会ここにあり。
マントピース王国の王城は、今宵も豪華絢爛な光と音で満たされ、参加者たる貴族たちへ王国の明日と幸福を感じさせていた。
そしてそれは、スチュアート家の令嬢たるシャム・スチュアートもまた同じ。
ただし、彼女に関して言えば、シャンデリアがもたらす光に照らされているというより、自身の美がもたらす輝きでホールを満たしていると言えようか。
それほどまでに、美しい少女だ。
齢は16。少女期から成熟した女性へと至る境であり、十代の少女に特有なやわらかさと凄味すら漂う美貌が同居した顔立ちは、見る者を惹きつけてやまない。
肉体が描く曲線美は、いかなる彫刻家であっても再現しきれぬと思えるもので、それが背中を大胆に開いた真紅のドレス姿なのだから、男性のみならず同性をも魅了する。
長く伸ばされた黄金の髪は、毛先をくるりと巻いていくつかにまとめられており、一挙一動に合わせてゆらりと揺れ、彼女をより輝かせていた。
「シャムさん、今宵もお美しい」
「ああ、まさに王国の華だ」
「あんなにお美しい方とご婚約されて、第一王子殿下もさぞかし誇らしいだろう」
本来、このような社交会にあっては、積極的に話しかけるか、あるいはダンスへ誘うもの。
それが皆、遠巻きにしながらささやき合うだけというのは、シャムという少女が、あらゆる意味で別格の存在であることを意味している。
そんな中にあって、唯一、彼女へ気楽に話しかけられる存在なのが、婚約者にして第一王子たる少年――ルキハ・マントピース。
「やあ、シャム。
今宵は王家主催のパーティーを楽しんでくれているか?」
金髪を短めに整え、伝統的な盛装で着飾った姿は、叙事詩に登場する貴公子そのもの。
「ごきげんよう、殿下。
もちろん、楽しませて頂いていますわ」
そんな彼に対し、スカートの裾をつまんだシャムがお辞儀する様は、絵画めいた美しさであった。
だが、絵になるようなやり取りが繰り広げられたのは、そこまで。
「そうか、それはよかった」
ルキハが笑顔のまま片手を上げると、ホールの各所へ散っていた兵たちが続々と集結し、シャムの周囲を囲ったのである。
いずれも、腰にレイピアとフリントロック拳銃を備えた完全武装。
派手な羽根帽子を被った姿には、華々しさよりも剣呑さが感じられた。
「あら、これは一体どうしたことかしら?」
そのような者たちに囲まれながら、シャムは落ち着いた声音で尋ねたのである。
ただし、目は鋭く細められ、油断なく周囲の様子……とりわけ、兵たちの足元を見つめていた。
「婚約破棄、ということだ」
「……理由をお聞きしても?」
「いいだろう。
驚いている諸君にも、知る権利がある」
舞台役者じみた大仰な身振り手振りで、ルキハが周囲を見回す。
すでに、ホール内は騒然としていたが、それでどうにか静寂を取り戻した。
「先日、ライスリバー王国において不幸な事件が発生した。
かの国で暮らす貴族令嬢が、十名ほど行方不明になったという話だ」
「まあ、お気の毒なこと。
ですが、それが一体、どうしまして?」
「……とぼけるな!」
おだやかな笑みのまま首をかしげるシャムに対し、ルキハが声を荒げる。
そして、びしりと婚約者……いや、元婚約者に指を突き出しながら、こう告げたのだ。
「すでに、調べはついている!
ライスリバーの令嬢たちをさらったのは、君が裏で築いた組織の人間だろう!
今頃、君の屋敷には兵たちが踏み込んでいるはずだ!」
「まあ、それでは、とぼけても仕方がないですわね」
シャムが、薄い笑みを漏らす。
そして、ルキハに合わせたのか……やはり、大仰な身振りを加えながら自白したのだ。
「ですが、それがどうして婚約破棄の理由になるのです?
たかが隣国の令嬢を十人ぽっち誘拐って、拷問んだだけではありませんの?」
「……それだけで、十分に婚約を破棄する理由となるな。
君は、自分が何をしたか理解しているのか?」
「ええ、もちろん。
そして、全てはこの国を思ってのことでしてよ」
「……狂っている」
目眩がしたのだろう。
ルキハは眉間を抑えながら、吐き捨てるようにつぶやいた。
だが、そうしていたのも、ほんの少しの間……。
すぐに彼は、決断的な眼差しと声音で宣言したのである。
「シャム・スチュアートを捕らえよ!」
主の命令を受け、兵たちが次々とレイピアを抜き放つ。
まさに、絶体絶命。
婚約破棄からの断罪劇だ。
「――ぶっ殺してさしあげますわ!」
それに対し、シャムは凶暴な笑みを浮かべてみせた。
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